廿ノ弐  余談(二)

 やがてテンは、床に伏せった。


 心に思うのは、京へおいてきたわが子たちの姿。


 どのように成長したのだろうか

 一度でいい

 死ぬ前にわが子らに逢いたい


 もう余命が短い。

 

 そう悟った彼女は弱っていく身体でありながら、都を目指した。


 そしてたどり着いたとき、わが子の姿を確認した。


「兄上~。またそのようなことしたのですか?」


「よいではないか。ほらほら、九郎どもこっちへこい」


「八郎君。区別がつけましょうよ」


「いいではないか。どっちも九郎だ」


 そういいながら豪快に笑う大きな体躯の男が木に登っている。

 困り顔の子はおそらく乳母の子どもだろう。その傍らには、テンによく似た女顔の童。あれが赤子だった二子だ。


「僕はもう名前が変わりましたよ。元服して家李です」


 乳母子がいった。


「はははは。そうであったな」


「そうです。九郎君はまだ元服はまだなのでそうお呼びしてもいいのですが、僕はもういい加減に家李とよばれたいです」


「ならば、俺のことを為朝とよんでみるか?」


「それは……」


 家李は困惑する。


「兄上。家李がこまってますよ」


「はははは。済まぬ。小さき九郎。なよなよ九郎をからかうのはここまでとしよう」

「なよなよって……。ひどいですよ。八郎君」


 家李がむっとしている間に八郎は木から降りたつ。




 その様子を陰ながら見ていたテンは驚いた。


 正直驚いた。


 本当に

 本当に

 立派な姿に成長している。


 自然と涙がこぼれる。


 自然と手が伸びる。


 けれど、すぐにその伸ばした腕を引っ込めて自分の涙をぬぐった。


 本当は駆けたい


 駆け出して抱きしめてやりたい


 けれど、できない


 彼らを抱きしめるにはあまりにもやせ細っていたからだ。



 どうか、

 幸せであれ


 どうか


 幸せであれ


 そう願うことしかできない


 彼女はそっとその場を去った。


 それから暮らしている郷へと戻った彼女の容態は急激に悪化していった。


 もうすぐ死ぬ


 もうあの子らに逢えなくなる

  

 せめて願おう


 ずっと


 幸せであることを……


 そんなことを思っていると、


 死のふちに立たされた彼女の目の前に一羽の鶴が飛んできた。


 鶴は、

 彼女の目の前に来ると

 見たこともないほどの美しさを持つ女へと変貌を遂げた。


「お主は、なにを願うのか?」


 鶴は、彼女は説いた。


「私は、わが子の幸せを願うだけです」


 彼女はいった。


「そうか、ならば……われも願おうぞ」


 鶴がいうと、彼女はどこか安堵感を覚えた。


 そして、彼女は眼を閉じた。


 その様子は、鶴はしばらくの間見つめていた。


「残酷なものよの。娘よ。

 しかし、お主にとっては幸せなのかもしれぬ。

 時代の変革をみずにすむのだからな」


 鶴は、そういうと、

 その場からすーっと消え去った。




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