廿ノ壱  余談(一)

 テンという名の遊女は、源氏の子を生んだのちに

 都から去ったという

 その後のテンの人生というのは、決して楽なものではなかった

 相次ぐ飢饉と疫病

 ついには、彼女自身も病に置かされてしまったのだ


 彼女が思うのは

 京に残したままのわが子たちのことだった


 まだ物心がついたばかりの一子と生まれたばかりの二子


 二人のおいて去らねばならなかった


 父親である源氏の棟梁は、京の家で暮らすことを進めたのだが、彼女は断固拒否した。

 彼女は、自分は強いほうだと思っていた。

 しかしながら、実際には、自分の心のもろさに気づいてしまったのだ。

 身分の低い娘

 摂津国の遊女は、どのようにたぶらかしたのかと

 殿の妻たちの嫌味が耐え切れなかったこともあった。

 結局は、彼女は京を去ることにした。


「ならば、好きにすればよい」


「はい、あの子をお願いいたします」


 本当は、二人のわが子たちを連れていきたかった。

 しかし、京を出るということはどういうことなのかを知っていた彼女は、

 わが子のためにも、わが子を置いていくことを決意した。

 京で育てば、殿様の下で育てば、きっと立派な武将になって、幸せになれるだろうと信じてやまなかった。


「母上! 行かないでください」

 

 去り際に聞こえるわが子の声。


 彼女は決して振り向かなかった。


 涙をこらえて、まだ二つにもみたない幼子に背を向けて歩き出したのだ。


 どうか、息災でありますように……


 ただそれだけのこと。

  

 ただ幸せであることだけを願い。

 わが子たちの成長のみを祈りながら余生を過ごした。


 

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