拾捌ノ弐 京ノ都ノ妖童(二)

八郎は、其の足で鴨川のほとりへとたどり着くと、そのまま寝そべり空を見上げた。

空を見上げると、さまざまなものが見えてくる

太陽の光。流れる雲。行きかう鳥たち

そのなかでうっすらと見える影。

人の姿もあれば、獣の姿でもある。

「また、こんなところでさぼりかい?」

 自分の顔を覗きこんできたのは、白い装束に身を包んだ童。年は八郎と変わらないたれ目が特徴の童だった。彼が何者なのかはすぐにわかった。最近知り合った幼名をもたない陰陽師の末裔だ。

「泰春はなにをしておる?」

「僕はいつものように物の怪退治だよ」

 泰春とよばれた童はにっこりと笑う。

「それは楽しそうだな。おれもまぜてくれるか?」

 八郎は起き上がる。

「それはダメだよ」

「そういわずともよいだろう。おれは見鬼の才はある」

「いえ、そうではなくて……」

「八郎君!」

 背後からの声で振り返ると、一人童が慌てて、駆け付けてくる姿が見えた。

「だからいったでしょ。九郎くんまで巻き込む必要はないと思うよ」

 九郎が八郎のすぐそばまで近づくと、息が上がっている。屋敷から八郎を探して回っていたらしい。

「こんなところにおられたのですか?」

「それでは、僕は……」

 泰春は踵をかえすと歩き出す。

「泰春……。もういくのか?」

「そろそろ屋敷に戻らないと父上に叱られます」

「父に従うのか?」

「はい。僕は君と同じですから……」

 八郎は眉をしかめた。泰春は一礼したかと思うと、八郎の目の前から姿を消す。

「八郎君。だれとお話していたのですか?」

「お前……そうか……。ボンクラ陰陽師の零体と話していた」

「は?例の陰陽師ですか?ぼくも一度お会いしたいですね」

「おれも生ではみたことない。いつも零体だ」

「それよりも……。また、親方様に怒られたのですか?」

九郎は心配そうに八郎をみた。

八郎はため息を漏らす。

「ああ。俺が牛車を襲ったとかなんとかな」

「また、兄上様たちですか?」

「ああ」

「また……」

 九郎は困惑する

「俺は気にしてないがな。しょせん、そういうことしか出来ぬのだよ。あやつらは……」

再び八郎は寝転がる。

「八郎君!」

「お前も寝るか?」

「それは……」

「じゃあ、とにかく、座れ」

「そうさせていただきます」

九郎は、座り込むと八郎と同じように空を眺めた。

「なあ、九郎」

九郎は、八郎を見る

「九郎は、京の外に出たことはあるか?」

「どうしたんですか?いきなり……」

「いいではないか。出たことはあるのか?」

「いいえ」

「そうか。なあ、京の外は一体、どうなっておるのだろうな」

「は?どうしたんですか?突然」

「いやな。急に思っただけだ。京の外はどうなっておるのかと。なあ、九郎、

俺は、京の外を見てみたい」


京の外はどうなっているのだろうか

この四方山ばかりの見える盆地に築かれた平安京

もうどれほど、平安京という地は、この場所にいるのだろうか

いつから、自分たちの一族は、この地に住まうようになったのだろうか。

四つの神に守られた都

そこは、封鎖されている世界のようにも感じられた。

だから、

解放してほしい

すべてから解き放たれたとき

己は

どこへ導かれるのだろうか

ただ、風の赴くままに

なんのしがらみもない世界へ


「八郎君は、京がお嫌いですか?」

「別にそういうわけではない。ただ俺は外にも興味があるだけだ。いつか、

京から出て、広い世の中を見てみたい。」

「なにをいってらっしゃる。次期、棟梁になろうお方が……」

「棟梁? 俺が? 馬鹿をいえ」

「でも、結構下々のものたちがそうささやいておられますよ。次期源氏の棟梁には、八郎君がふさわしいと……」

「はははは」

八郎は豪快に笑いだした。


「なにをほざいておるのだ?俺が棟梁?それは、義朝兄上だ」

「確かに、長子ですけど」

「それに、俺はそういうものには、興味はない。のんびりと暮らせれば、よいのだ」

「なにをいっているんですか?」


心にも思っていないことを容易にいう。

暴れ馬のくせにのんびりと静かに暮らせる人ではない。


八郎は、手を天に翳しながら、零れ落ちる空の光を遮る己が指の隙間から目を細めてみる。

「しかし、この腕は試したい。俺は、いつか最強の敵を弓で倒したい」


 広げられた拳をぎゅっと握る。


「そっちが本音ですか」


八郎は九郎のほうをみた。


「京の外には、きっといるはずだ。俺を楽しませてくれる敵が」


「はいはい。」


だから、外へ出たい

だから、自由になりたい

京にもしばられずに

遊女の子である自分が虐げられることのない場所へ

九郎には、わかっていた

彼の本当の思いを

だから、なにもいわない


ただ胸の中にそっとしまっておけばよいのだ。


「そのときは」


九郎は口を開いた。


「もし、あなた様が京を去るようなことがあれば、

僕もお供をします。」

「ああ。頼む」


八郎は、そういいながら、歯を見せながら笑みを浮かべていた。


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