拾斜ノ弐 器ト魂(二)

「失礼します」


高宗が部屋へと入ると、床に眠っている家李の姿と部屋の柱に寄りかかった状態で家李を見守る八郎の姿があった。

家李の面倒を見てくれている侍女たちの姿はない。

おそらく、薬でも取りに行ったのだろう。


「為朝殿」


高宗が話しかけると、八郎ははっとしたように高宗を見る。


「高宗どの」

「まだ、眼を覚まさないのですか?」


八郎は不安そうな顔で家李のほうを見る。

あれから、一週間。

家李はまったく目を覚ます気配はない。ただ、浅い呼吸のまま眠り続けている。

八郎のほうは、応急処置がよかったのか毒気はすっかりなくなってはいるが、生々しい傷の跡が右腕に刻まれていた。


「あなた様は?」

「おれは 大丈夫だ。弓も弾ける」


 その言葉には力がない。あの勢いがうそのように静かで、まるで別人のようだ。

八郎は、あれから、ずっと家李の眠っている部屋に閉じこもっている。なにもすることもなく、壁に寄りかかったまま、目覚めることのない家李を見ているだけだ。

食事はとっているのだろうか。

不意に彼がこの屋敷に訪れた時のことが思い出した。気持ち良いぐらいに豪快に食している彼の姿。

けれど、いまの彼には、あの勢いすらない。心なしか少しやせたようにも思える。


(これが、かの有名な源氏の御曹司なのか。まだ子供ではないか)


其の姿には、勇猛盛んな源為朝の姿などどこにもない。

そこには、どこにでもいるまだ十五になったばかりの若者にすぎない。

傍若無人で乱暴者。

すべてを異のままに従える。

人を人とも思わない。

そんな噂がささやかれるような人物。

その噂の真実は、おそらく違う。

目の前にいる男は、

ただ友を思い、

友のために泣く。

それだけの人物なのかもしれない。


「為朝どの。食事はとっておりますか?」

「……」

「ちゃんと、取らないといけませんよ」

「……」

「為朝殿?」

「……」

「為朝どの!」


 高宗は、思わず彼の頬を思いっきり殴った。自分よ一回り大きく、体力もあるはずの体はよろめき横へ倒れる。

 高宗は一瞬唖然とする。


「いい加減にしてくだされ‼ あなたが、そのようならば、われわれはどうすべきなのですか⁉ 家李殿も悲しみます! 紀平治殿も心配なさっておるのですよ! わかっていますか?」


 八郎は呆然と高宗を見上げる。

 高宗は胸元を握る。


「なにをしているんですか⁉ こんなに弱って⁉ 源氏の名があきれますよ!」


 高宗は、ぱっとつかんでいた手を離し、八郎に背を向けた


「正直、失望しました」


 それだけ、言い残すとそのまま、部屋を出て行った。

八郎は殴られた箇所に手を添えながら、眠り続けている家李のほうへと視線を向けた。



「言いたいことを言ってくださる」


 部屋を出ると、紀平治が座りこみ、一匹の狼の頭を撫でていた。


「すみません。とんだことを……」

「いいえ。いいんですよ。あんなふうに言ってくださる方がいるというのは、御曹司にしてみれば、喜ばしいことですからね」 


 高宗は、紀平治のすぐとなりに座る。


「わしは、あの方に仕えるようになってから数ヶ月しかたっておりませんので、詳しくは知りません。あの方は、ずいぶんと寂しい思いをされていたそうですよ。あの方にしてみれば、家李殿は、一番の支えだったのでしょう。だから、失うことを恐れる」


 高宗は再び家李の眠っている部屋のほうへと視線を向ける


「紀平治殿。為朝殿は、立ち直れるでしょうか?」

「わしはそう信じております」


紀平治は、にっこりと微笑んだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る