拾参ノ嗣 松浦ノ与次(四)
「若様!!」
村人の一人がこちらのほうへと駆けつけてきた。
年は、八郎と同じか、少し上ぐらいだろう。
「すみません。何度も」
「いいや、いいんだ。私もいつまでも大蛇を野放しにしたくはない。なんとしても、しとめたいものだからな」
「でも……」
少年の表情は暗い。
おそらく、何度となく、高宗という男は、大蛇を倒すためにこの地を訪れたのだろう。
何度も何度も訪れたのだが、まるで高宗たちをあざ笑うかのように、見えた大蛇は、いずこかへと立ち去ってしまうのだ。
高宗は、八郎にそう説明した。
(いったい。大蛇とは)
八郎は、山のほうへと視線を向ける。
その山のどこかに見たこともない大きな大蛇が潜んでおり、何の前触れもなく現れては村や人々を襲い、それを楽しんでいる。
何も前触れもなく現われては村を襲う。まるで、人がおびえて悲鳴を上げるのを楽しんでいるかのように……
「あの……ところで……」
少年は、高宗のすぐ隣にいる八郎のほうへと視線を向けると、身体を膠着させる。
「そう怖がらなくてもよいぞ。与次郎」
少年は、高宗の言葉を聞きながらも、見たこともない大男の姿に恐怖を覚えているようだ。
「そんな顔するな。俺は見世物じゃない。それに、おぬしと年もかわらん」
「え?」
少年の猜疑心むき出しな視線に、八郎は困惑する。
まだ十五歳なのだが、そう見られないのは、いつものことなのだが、どうも好きになれないのだ。
別に子供でいたいわけではないし、逆に早く大人になりたいわけではない。
ただ、自分でいたいという気持ちのほうが強かった。
いわば、自分自身には、それなりに満足している。
満足できない部分があるとすれば、人間離れしている自分に対する他者の視線。まるで、奇異の眼で見られていることが正直屈辱的にも思えるものだった。
そういった感情が自然に表に出てしまうのだろうか。
与次郎と呼ばれた少年は、さらに顔を蒼くした。
「おれが、そんなに恐ろしいか?」
与次郎がはっとした表情で見上げる。
「八郎君!それぐらいにしてください!怖がっていますよ」
「おれは、怖がられることはしていないつもりだが」
「あの、すみません!!」
与次郎は、自分の心無い態度を恥じるように俯いた。
「ああ、そう頭を下げなくてもよい。別にお主が悪いことをしたわけじゃない。まあ、確かに初対面なのに怖がられるのは、正直いやな気分なのだが、この顔立ちにこの背丈だからな。仕方のないといえば、仕方のないことだ。それよりもおぬし、名前はなんという?」
「与次郎と申します」
与次郎は、節目勝ちに視線だけを八郎に向けた。
「与次郎か」
八郎は、その名をつぶやいたかと思うと、右手を差し出し、微笑んで見せた。
「俺は、源八郎為朝という。よろしく頼む・与次」
「え?」
「だめか?与次とよんでは?」
「い……いえ……光栄です!」
「ならいい。よろしく頼む」
与次郎は、その大きな手をしばらく見つめていた。
なんとも頼もしいお方なのだろうか。つりあがった眼と、程よくついた筋肉、長身の体に焼けた肌
男らしい男に、与次郎は思わず見とれた。
「握手してくれぬか?」
「あ。はい!!」
与次郎は、慌てて、その大きな手を掴み取った。
「よろしく頼む」
そういって、為朝は満面の笑みを浮べた。
なんと無邪気な顔をするのだろうか。
先ほど、彼に恐れを抱いたことを、与次は後悔した。
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