拾参ノ参 松浦ノ与次(三)
「あそこでございます」
長く続いていた雑木林を抜けていくとようやく、人の住む村の入り口に差し掛かった。
その直後、八郎たちの目に飛び込んだ光景に、愕然とした。
荒れ地
漂うのは異臭と荒れ果てた田畑。
崩壊された家。ところどころに散らばるのは血液。生物の死骸。
それは、戦場の後のようだった。
「これは……」
「荒らされたのです」
八郎たちは高宗のほうを振り返った。
「ひどいものだ」
八郎は、胸が詰まる思いをした。
この筑後九国へと下ってから三年、豊後、肥後、肥前といったさまざまな国の情景を見てきた。
いかに京の都が華やかであったのかをいやでも思い知らされたことは、幾度とある。確かに、これは平安という時代に陰りを見せていることの現れなのか。
けれど、この村で起こっていることは、時代の《翳り》と切り離していいかもしれない。
八郎にとっての『陰り』というのは、豪族たちの横暴なる態度。民を民ともせずに所有物のように扱い私腹を肥やすものたちのことだ。しかし、後藤助明とその息子高宗をみるかぎり、そのような豪族とはまったく異なり、《翳り》とは程遠い。民をないがしろにするようなものたちではないことはわかる。だからこそ、この事態をどうにかしようとしている。
それゆえに、松浦領にあるこの里の出来事は《翳り》とは異なるものといっていいだろう。
八郎は、ふいに信西という男のことを思い浮かべた。
少納言入道信西は、とにかくいけ好かないものだった。
藤原家のものであり、鳥羽上皇のお気に入り。
発言権もあるために、彼は自分の思うままに行動をする。しかも平家とも通じているということもあり、父たちを苦しめている。
それに、信西という男は、決して民のことを考えてなどいない。自分の得になることでしか動かない男。まだ幼い八郎にも明らかに《翳り》そのもののように感じられていた。
しかし、あの後藤助明というものは、民を一番に考えるような男だと感じている。出会ったばかりだが、武士として感じることはできる。そういう意味では、彼に仕える家臣たちとの出会いから、自分のもとへと下ることを許したのも、ほぼ勘というものにすぎなかった。
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