拾弐ノ参 悪夢ト月(三)
八郎は月を見ている。
顔立ちこそまだ十五歳にすぎない少年の体つきは大人顔負けの頑丈さを持つ。家李の記憶の中での彼は常に大きかった。
体つきだけではなく、あらゆる意味で、家李にとって大きな存在だった。超えられないものがあるとすれば、幼少期より知っている彼だろう。そして、常に仕えていたいと思えるのも、彼以外ほかならないし、彼ほどの武将などいるはずがないのだとさえも思っている。
絶対的な存在。
その言葉がこの少年にはふさわしくも思えていた。
されど、言葉を変えれば「化け物じみた」存在とも取れるのは、実際に都では彼を恐れるものもいたという事実もあったからだ、その大きな体躯に、鋭い眼。しかも優れた武術の腕は見るものによっては脅威にしかならない。
しかし、彼はかなりの腕白な少年でもあった。悪戯もするし、父親だろうと兄であろうと容赦も遠慮もない。いや家族だけではなく、帝であろうと関白だろうとお構いなく、思ったことを口に出してしまうところがあった。
しかも、弓に関しては絶対的な自信を持っている。それが原因で、彼は関白信西を激怒させてしまったことにより、この筑後洲へと飛ばされたという事実もあるぐらいだ。
たとえ、傍若無人であろうとも、乱暴ものであろうとも、父親はこの八郎に愛情を注いでいたことを家李は、知っている。
しかし、彼は知っているのだろうか。
愛おしく思っている存在がいることを……。
家李が、ふいにそんなことを思ったのは、どこか寂しそうに見えたからなのかもしれない。
「為朝様」
八郎たちが、月をながめていると、突然男が声をかけた。
振り向くと同時に、チリンチリンと鐘のような音が鳴り響くとともに法師姿の男が姿を現したのだ。
「行慈坊どの!!」
家李は驚きの声をあげた。
「ほお。行慈坊ではないか」
それに引き換え八郎は、妙に冷静であった。まるで、彼がいることをわかっていたかのように……。
「どうした?なぜ、ここにいる?」
八郎は、行慈坊のほうを身体ごと向けた。
「拝見に参りました」
「拝見に?」
「はい、大蛇を退治する為朝様のお姿を拝見しとうございまして、あとをつけさせていただきました」
行慈坊は、にっこりと微笑んだ。
八郎は、彼の真意を確かめるかのように、その法師をしばらく凝視した。
「そんなに怪しまないでいただきたい。ただの好奇心ですよ。弓で名高い為朝様の力量をお目にかかりとうございましただけですよ」
いったい、こやつは何者だろうかと、八郎が怪しんでいると、行慈坊が 見透かしたような笑みを浮かべる。
「そう勘ぐらないでくださいませ。まあ、多少は変わっているつもりですけど、これでもただの法師ですよ。為朝様と同じ人間です」
「人間?」
「はい・私だけではありませんよ。そちらにおられる家李様とも、あなたの妻であらせられます白縫様とも同じでございます。人として生まれたならば、それは人ですよ。まあ、特技というものは、人それぞれ違ったりもしますけどね」
「俺は、人でよいのか?」
八郎のつぶやきに、家李は怪訝そうに彼の横顔をみた。
いつも自信に満ち溢れている八郎。しかし、その一瞬見せる顔はどこか、悲しげで寂しそうに見える。時折、このような表情をすることを家李は知っていた。だからなのだろうか。この人から離れてはならない気がしていた。
「なにをおっしゃるんですか?当たり前でしょ?」
八郎は行慈坊の視線にはっとする。
「いや、なんでもない。変なことを口走ったようだな。すまぬ」
八郎は、行慈坊に背を向けた。
「まあ、今宵は冷える。お主もココに立っていないであがるといい」
「八郎君!!後藤様に許可なしに」
「うるさいぞ、家李。だったら、さっさと後藤殿に伝えて来い」
「え?今からですか?」
「当たり前だ」
「でも、後藤殿は……」
「たたき起こせ」
家李は困惑する。
「そんなことできませんよ」
「じゃあ、俺が伝えてくる」
そういうと、八郎は家李に留める暇も与えないうちに、助明の元へと急ぎ向かった。
その様子をみていた行慈坊に笑いがこみあげ、たちまち噴き出した。
「笑わないでください!法師様!」
「いいえ、本当に型破りな方ですね」
そういいながら行慈坊は、愉快に笑う。
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