拾壱ノ三 後藤家(三)
「その大蛇を退治してほしいのです」
助明は、改めて八郎に懇願した。
「もちろんだ。そのつもりで俺はきた」
間髪いれずに、八郎が答えた。
八郎の頭の中には、すでに見たこともないほどの大きな大蛇が思い浮かんでいる。それは、かの有名なヤマタノオロチに匹敵するほどの巨大なもので、どのような力をもっているのか。
もちろん、ヤマタノオロチなど伝説上の生き物に過ぎない。それに生まれてから一度も、大蛇と呼ばれるほどに大きな蛇など見たこともない。ただ物語りの中で知っているだけにすぎない。それをこの眼で見ることができるかもしれない。何よりも対決することができると思うと心躍る。
八郎は、そのとき不意に先祖のことを思い出した。源頼光と余人の家臣たちの伝説。
頼光も弓の腕に優れており、なによりも優れた霊能力をもっていたために、さまざまな物の怪との戦を繰り広げていたという。
八郎は興味津々に助明の話に耳を傾ける。
その様子を横目で見ていた家李は、心の中でため息をついた。
(いかにも、八郎君が好きそうな話だ)
確実に、大蛇退治へと行く羽目になるであろう。いや、ここに来ることを決めた時点で決定している事項だ。そのために、八郎は各地に散らばっている家臣たちを集結させようとしているのではないか。
彼らはまだついていない。
まあ、それも当然だろう。
いま別当が彼らに事の次第をつげるために走り回っている最中。
阿蘇を出立する前日に、別当が集めるために出発したばかりだ。そうすぐに集結できるものではない。
(間に合わぬうちに、行く羽目になりそうだ)
家李は、横目で八郎の瞳にみなぎる炎を見つめながら、情けないため息を漏らした。
「わかった。」
「では、引き受けてくださるのですか?」
「そうでなければ、ここまで来た意味がないだろう?それに、俺は、その大蛇とやらを拝んでみたいものでな」
助明に対して、八郎は、不敵な笑みを浮べながら応えた。安心したのか、後藤家の親子は、互いに視線を向けると、八郎に頭を下げた。
「よろしくおねがいいたします」
「うむ。では……」
八郎が突然立ち上がる。
「為朝殿?どうなさいましたか?」。
「決まっているだろう?膳は急げだ。早速、例の里へと参ろう」
その言葉に、一瞬だれもがあっけに取られ、八郎の動向を見る。
「八郎君‼」
そんなことお構いもせず、歩き出そうとしたところで、家李が声を上げる。
「なんだ?おまえ、臆病風にでもふかれたか?」。
「そうじゃありませんよ。急ぎすぎです‼それに、もうすでに外は暗闇の中です」
「この暗闇の中を歩くのは危険ですよ。ここは京の都とはちがうんですからね」
家李に続いて、紀平治があきれたような口調で付け加える。
「なぜじゃ?危険は承知のことではないか。このような暗闇が怖くて武士などやっておられるか。それに俺は今すぐにでも、その大蛇が見たいのじゃ!」
「だめです!絶対にだめですよ!」
「ええい!離せ!離せと申しておる!」
「離しませんよ!あなたは、無茶しすぎなんですよ!!」
そういって、家李は、八郎の身体をしっかりと押さえ込んだ。
「ならば、どうしろと?」
八郎は、家李に訪ねた。家李はその問いに戸惑い、口をつぐんだ。しかし、決して八郎を行かせるまいと必死にしがみついたままだ。
「明日の朝でよろしいのではないでしょうか?」
八郎たちは、助明のほうへと視線を向ける。
「明日じゃと?なぜ」
「お気持ちはうれしゅうございます。しかし、もう少しあなた様の家臣のことをお考えください」
そういわれて、初めて紀平治や家李の顔をみた。どこか不安げでありながら、必死な視線が八郎に向けている。
八郎は家李をゆっくりと自分のもとから離すと、少々不満そうな顔をしながらも、座った。
「そうだったな。肥後からこの肥前まで休みなく馬を走らせたのであったな」
家臣たちのかすかに疲れの色を見せていることに気付いて、八郎はようやく彼らと自分が違うのだと感じた。身体の大きさも違えば、体力も違う。
京の都では、「化け物」とさえも呼ばれた八郎は、大きな身体の上に体力も並大抵の大人よりもずっと優れていた。
だから、八郎のみならば、いまでもその大蛇のいる里まで走ってでもいけるほどの余韻は残っている。しかし、家李たちは違う。白縫にいわせれば「巨人馬鹿力男」ではないのだ。あらゆる武術をつんだとはいえども、体力的にも八郎とはるかに劣っている。
「わかった。明日の早朝、里へと向う」
その言葉に家李も紀平治もほっとした。その瞬間、家李の腹の虫が鳴り響いた。しかも、その音はみなが聞こえるほどの大きなもの。自然と視線が家李のほうへと向けられ、それに、家李の顔が真っ赤になり、それを隠そうと俯いた
「そういえば、腹がへった。道中、あまり食してなかったな」
しばしの沈黙の後に、八郎が自分のお腹をさすりながら、助明を見る。
「なあ、助明殿。腹ごしらえしたいのだが」
「そうでしたね。すみません。気が付かずに、すぐ用意させます」
助明はすぐに侍女に食事の準備を頼んだ。
「そう、気を使わなくてもよい」
「しかし」
「のんびり待つさ。とりあえずは、こいつにおにぎりでも、食べさせてやれ」
「す……すみません……」
家李はさらに顔を赤くした。
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