拾ノ伍 前夜(五)
翌朝、一緒に夕餉を楽しんでいたはずの悪七別当の姿はなかった。相変わらず、神出鬼没なやつだ。彼は、きちんと筑後洲に散らばっている仲間たちに伝達してくれるのだろうか。
いささか不安はあるが、八郎の部下の中でもっとも足の速い与三にでも伝われば、おそらくあっという間に家臣たちに伝わるだろう。
「与三のところへ向かうだろうか」
「そうしてくださるといいのですが……。兄は気まぐれですからね」
そんな会話が八郎と家李はしていると、紀平治が出発しましょうと声をかけてきた。
「心配いりませんよ。確かに与三のいるほうへと向かいましたよ」
「見送ったのか?」
「はい。抜かりなく」
「そうか、それなら安心だ。では、俺たちもいくか」
八郎たちは、高宗たち一行とともに屋敷を出立した。
八郎たちが旅立つのを、白縫や其の父である忠国、紀平治の妻である八代、そして忠邦の家臣たちが見送る。
「白縫。ついて行きたかったか?」
忠国は、先ほどから不機嫌な顔をしている娘につげた。
白縫は、はっとして父親の姿を見る。
「いいえ、滅相もございません。ただ、夫のことを心配しているだけですわ」
其の口調も荒々しい。
彼女は、父親から視線をそらすと屋敷の中へとはいっていった。
「偽りを申すな。顔に書いてあるぞ。ほんに、なぜあのような娘に育ってしまったのやら……」
忠国は、ため息をついた。
白縫は、姫でありながらも幼少のころよりも手のつけようもないほどのおてんば娘だった。
地方の小さな豪族の娘だから、都ほどの華やかな生活を送るというわけではない。
されど、これは、豪族の娘。詩といった教養を身につけねばならないというのに、彼女の場合文芸よりも武芸のほうを好む節があった。それゆえに、男にまぎれて武芸を学ぶことを望んだ。それゆえに、男顔負けの強さを誇っている。
おそらく、白縫に勝てるものはそういないだろう。
もしいるとすれば、彼女の夫である八郎にほかならない。
彼女よりも強く気高い。
だからこそ、白縫は、彼と契りを結んだ。
「まあ、これからの時代には必要なのかもしれぬ」
忠邦は、澄み渡る空を見上げながら、眩しそうに目を細めた。
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