拾壱ノ壱 後藤家(一)

「つきました」

 馬を走らせて、松浦へとたどり着いたころには、すでに丑三つ時であった。

 道中は山や谷ばかり。牛車で行くにはきわめて困難だ。

 八郎が豊後国へやってきてから、二年。そして、白縫の婿となり、肥後国に移り住んでからの数ヶ月。京では当たり前のように使用されていた牛車の姿を見ることは少ない。豪族たちのほとんどが馬を用いていることが多かった。

 それもそうだろう。京の都のように一本道ではないし、茂みもあれば山もあり、谷もあり、舗装されているわけではない道のでこぼこに、一歩間違えれば谷へまっさかさまな細い道。そのような道を牛車で行こうという怖いもの知らずはいないだろう。

 もちろん、武家の子供に過ぎない八郎が牛車に乗るというのはありえない。そんなものを乗れるものがいるとすれば、天皇家かあるいは、公家か陰陽師ぐらい。武士などというのは、御上や公家たちの護衛するものなのだから、牛車の周りを取り囲んで歩くことが常識だ。馬に乗ること自体、京の都の内側では、めったにない。

 しかし、豊後国にしても肥後国にしても、もちろん豪族の跡取りであるはずの高宗にしても、牛車というものではなく、馬に乗っている。

「こちらです」

 八郎たちは、早速、松浦郡領主である後藤助明ごとうすけあきら邸の中へと通された。

「父上。源為朝殿をお連れしました」

 高宗に案内されて、屋敷のとある部屋へと入ると、そこには一人の男が待ち構えていた。高宗によく似た風貌の、中年の男。一目で松浦郡の領主であることがわかる。

「お初にお目にかかります。源八郎為朝殿。私は、肥前国松浦郡領主・後藤助明と申します」

「俺のことをよく知っているようでな」

「もちろんでございます。お噂はかねがね聞きおおせてございます。なにせ、筑後洲の総追捕使を名乗り活躍をなさったとか」

 助明と八郎は、お互いの真意を確かめるかのように、視線をぶつけ合う。

「ほほお。それほどに知られておるとは知らなんだ」

「八郎君~もう少し礼儀を」

 まったく空気が読めていないのか家李があきれたような口調で八郎に耳打ちした。

「なにをいっておる。俺は、後藤助明殿には十分な敬意を払っておるぞ」

「そうはみえませぬ!!」

 家李は不安げに助明を見ると、当の本人は愉快そうに笑っている。

「大丈夫ですよ。為朝様の敬意は十分伝わっております。それに、来てくださっただけでも、喜ばしいことでございます」

「そうか。そうであろう」

 八郎は、勝ち誇ったようにうなずく。そんな態度に家李は、困惑するがそれ以上の言葉を慎んだ。

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