拾ノ嗣 前夜(四)

 八郎には、家臣と呼ばれるものたちがそれなりにいた。

 とくに、彼の側近とも呼べるものは、24人。

 その一人が京より、ともに筑後洲へと下ってきた須藤九郎家李。

 彼の兄で、すでに家を出て放浪の旅をしていた悪七別当。

 豊後国にいたときに、山で出会ったという紀平治をはじめとして多くの従人たちである。

 彼らは、家李以外、すべてこの筑後洲に来た13歳の年以降に八郎に従うようになったこの地のものたちばかりだ。

 まあ、元は筑後洲なのかは定かではないものもいないわけではない。


 忠邦との会話を追えた八郎は、別当と紀平治に、ことの成り行きを説明した。

「それで、松浦郡へと参られるのですか?」

「ああ、そのつもりだ」

「みなを集めますか?」

 紀平治は尋ねた。

「そうだな。一応、みなに連絡はしておいたほうがよいだろう。頼めるか?別当殿」

「はい、承知しております。みなに伝えてまいりますよ。それで、出発は?」

「明日じゃ」

八郎の言葉に周りのものたちは、なにをいわれたのだろうと目を丸くする。

「八郎君!それは、急ではありませぬか!?」

 家李は、焦りを露にした。

「なにをいう、家李。ことは急を要する。明日出発でも遅いくらいじゃ」

「失礼ですが、御曹司」

 口を挟んだのは、紀平治だった。

「私も家李殿の意見には、同感です。明日出発では、みなが集まりませぬ。みな、いたるところにおるのですぞ」

「なにをいっている。行くのは、三人だ」

「八郎君!?何をいっているのですか?」

 家李は、八郎の意図が理解できず、焦燥する。

「聞こえぬか?明日、出発するのは、俺と紀平治、家李の三人だけだ。」

「どういう……」

「家李、理解できないのか?」

 八郎が答えるよりも早く、別当が家李に問いかけた。

 家李は、兄のほうを見た。

「兄上?」

「要するに、我らと八郎殿の合流場所は、松浦ということだ。

そうでありましょう?八郎殿」

「うむ」

 家李は、それでも少々不満の残ったような顔をしていたのだが、しぶしぶ承諾することにした。

「ねえ、八郎」

 ある程度の話が終わると、ずっと黙っていた白縫が口を開く。

「なんだ?」

 八郎は、白縫のほうを見る。

「話の流れからいって。私は、留守番ってことよね」

「そうだが?」

 八郎は、当然といわんばかりに答えた。

「やっぱり」

 白縫は、わかっていたとはいえ、あまりにあっさりいうものだから、落胆した。

「なんだ?白縫。お主も行きたいのか?」

「当然よ。待っているだけなんて、いやですもの。それに、私は女として侮ってもらっては困るわ。これでも、武術の心得はありますもの」

 白縫は、必死に訴える。

「まあ、そう怒るな。俺としては、妻を危険な目にあわせたくはないのだよ。わかってくれ。白縫」

「あら?私を心配することがあるのね」

「当然だ」

やさしげな笑みを浮べた。そういう顔をされると、さすがの白縫も言葉を失う。

「それに、忠邦殿が許してはくれぬだろう?」

 次に言われた言葉に白縫は、苛立ちを覚えた。結局はそういうことになる。自分を心配しているのではなく、父上に頭が上がらないってことなのか。

 八郎は、本当に私のことをどう思っているのかしら?

 そう叫びたい衝動に駆られながらも、白縫は八郎から視線をそらした。

「わかりましたわ。私は、八代とここでまつことしますわ。でも……」

 白縫は、再び八郎の眼をまっすぐに見つめる。

「ちゃんと、帰ってきてよ!」

「大丈夫だ。俺を誰だと思っている」

「八郎、あんまり、調子にのると、いつか、墓穴を掘ることになるわよ」

「ああ、肝に免じておく」

 八郎は、不敵な笑みを浮べる。

 その自信にあふれる笑顔は、白縫に底知れない不安を与えていく。けれど、そのことを見せるつもりはない。

 それを見せてしまったから、この男に負けを認めることになる。それがどうしてもできなかった。

 白縫の心には、常に彼を負かしたいという闘志をみなぎらせているからだ。弱みをみせたくない。 

 妻でありながら、この男のよき同志でいること。

女でありながら、男よりも下であることを嫌う。同列でいることこそ、彼女のほまれ。この男に対する愛情だった。

 白縫は、ただ八郎の無敵の笑みを見つめていた。



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