拾ノ弐 前夜(二)
時は平安時代。多少なりとも戦があったとはいえ、多くの命を奪い合うほどの戦は起こってはいない。たいがいの戦は、貴族や皇族の他愛のない争いに武士たちが巻き込まれたという形が多かった。
そのころの武士というものは、まだまだ身分はさほど高くはない。ようするに、貴族や皇族を守るための近衛兵のような役割にしかすぎなかった。
しかし、最近になり武士たちの著しい勢力の高まりは、それとは異なる図式が生まれつつあることは否めない。
その中でも最も勢力を活発化させているのは、源氏と平氏の二つの家柄。両方とも天皇家の流れを汲んでいる一族でありながら、常に対立関係にある。昔から、小競り合いの続く一族同士だったが、最近では明確なものになりつつある。
どちらが、この世を支配するのか。
どちらが天下を取るのか。
巷でひそかにささやかれており、お互いにいつかはわが一族が政権を握るという野望を抱いている。
特に平氏の勢いはとどまることを知らず、源氏方もそれに負け次と勢いをつけている。
そのために源氏方棟梁為義は、わが息子たちを平安京になどに留めず、地方へと飛ばしている節があった。
八郎も建前では狼藉を働いた罰として、筑後洲へと流されたが、実際はこの地より源氏の勢力を伸ばそうという目論見があったのではないかとされている。
しかし、当の八郎はそのことを知らない。
何も知らされずとも八郎だったら、黙って過ごすはずがないと父は確信していたからなのだろうが、そんな意図など八郎が気づくこともない。
だからこそ、彼はどこか京へもどりたいという意思も持っている。その反面、このまま個々にとどまりたいと思い、そしてどこか別の場所へと行きたいという思い。
さまざまな思いが彼の中で渦巻いていた。
なによりも、彼は、好奇心旺盛だ。
すぐに真新しいことや、波乱が起こりそうなことに首を突っ込みたがるものだから、今回持ち込まれた大蛇退治というものが、どれほどに魅力的なものに思えたのだろうか。
自然と胸が踊る。
「本当に子供なんだから」
陽気に踊る八郎の様子を見て、そうぼやきながらも自然と白縫の口が微笑んでしまう。
「為朝殿は、いくつもりか?」
白縫の横に腰掛けていた父・忠国が尋ねた。
「はい。そのようです。父上」
「よいのか?」
「いいもなにも、わが夫は、これと決めたら譲らぬ男でございます。たとえ、私や父上が説得しようとも納得しないでしょう」
「ははは。確かに……。しかし、白縫。おぬしまで行くというのではじゃなかろうな」
白縫は、父親のほうへと視線を向けた。
「まあ、よい。とりあえずは、為朝殿の意思を直接聞くとしよう」
そういいながら、忠国は娘からついでもらった酒を飲んだ。
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