嗣ノ弐 放浪僧侶(二)

 豊後ぶんごへと訪れる否や利発な女がやりをもって自分に襲い掛かってきたのだ。所詮女の腕、八郎はちろうはものも見事に彼女の槍を交わしてしまった。

勇敢な彼女の姿を見た八郎は一目でほれ込んでしまったらしい。

「気に入った。お主は俺の嫁だ」

八郎が豪快な口調でいうとさらに彼女は眉間に皺を寄せると槍を八郎に突き刺した。

「まだよ。さっきは油断したけど、今度は本気よ。この勝負で私に勝ったらあなたの妻になってあげるわ」

その様子に八郎は、面白い女子だとますます彼女のことを気に入った。

「ほほお。面白い女子だ。俺の勝てるとでも思っているのか?」

「もちろん。これでも、阿蘇忠国あそのただくにの娘よ。源氏ごときに負けるものか」

 彼女は自信ありげな笑みを浮かべながら、まっすぐに八郎を見た。

 その眼差しは女にしては強者かもしれないという戦慄が八郎の中で沸きあがってきて、心の奥そこから興奮が漲ってくるようだった。

「ならば……、俺にも槍を……」

 八郎は彼女の申し出を受けてたつことにした。槍同志の対決。八郎は、弓には自信がある。しかし、槍の経験はほとんどない。それでも女にしては槍の名人でもある白縫をあっけなく負かしてしまったのは、八郎が優れた武将であるゆえだ。

「悔しいけど、あなたの妻になるわ」

 白縫しらぬいは槍を下ろすとため息交じりにいった。それからすぐに2人は契りを結び、八郎は家李や紀平治、紀平治の妻の八代とともに阿蘇忠邦の屋敷に住むことになった。

 いまごろ、紀平治きへいじたちも御曹司の姿が見ないことにあたふたしてるころだろう。

(それはないかな。あの人は、結構肝が据わっているから……)

 家李いえすえは、紀平治という優男の顔を思い浮かべた。

 彼は家李と違い、御曹司がいないことで取り乱したりしない。まだ、八郎の家臣となって日が浅いのだが、なんと肝の座った人なのだろうか。

 それほど、主を信じているということにほかならない。

 もちろん家李も主を信じている。けれど、いつも狼狽えてしまうのは、彼の狼藉ぶりを痛いほど知っている所以。目を離すと、なにをしでかすかわからない。

 京の都でも、どれほど暴れまくっていたことか。


「なにをいっている。俺は魍魎どもから、人々を守っているだけだ」

「なにをいっておられる。いたるところを壊しただけではないですか。この前も勝手に公家くげ様の家に入り込みましたよね」

「仕方あるまい。妖どもが入り込んだからな」

 八郎はあっけらかんといった。

 どうやら、この男には妖の類が見えるらしい。それゆえに、時折夜更けに街へ繰り出しては、妖退治をしているようだが、まったく霊的なものが見えない家李のようなものには、一人で暴れているようにしか見えない。

「そんなもの。陰陽寮に任せればよろしいでしょ」

「なにをいっておる。いまの陰陽寮になにができる」

「安倍様や賀茂さまがおります」

「それこそ、信用できぬ。いまの安倍は、かの清明に劣る。特に陰陽頭であった清明公の息子吉昌殿が没してからというもの、その勢いは衰えるばかり。俺のようなものがおらぬなら、あっという間にこの世は、魑魅魍魎どもに支配されかねん」

 その言葉の裏には、平家というものがあるのだろう。

 家李には、そう思えていた。

 源家には、時折霊的な力を持つものが生まれる。

 その中で有名なのは、かの安倍晴明がいた時代に活躍したといわれる源頼光。

 彼は四天王を従え、大江山に棲む鬼を退治したという。

 そして、平家方にもその素質を持つものはもちろんいる。

 元をたどれば、現人神であらせられる帝に連なる一族。

 そのような能力があったとしてもおかしくない。

 特に平家の中でも平清盛という男は、かなり優れているとされる。

 一度、家李もあったことがあるが、その気迫といったものは、彼がこの日本を牛耳るに値する人物だとわかった。

 だから、恐れる。

 あの存在は、源家を危うくするのだと、本能的に感じた。

 だから、八郎は戦いをやめない。

 なによりも源家を大事に思うからこそ。彼なりにやるべきことをしているに過ぎない。

 いずれ都に戻るだろう。

 その時、おそらく激しい戦いになる。

 いまのように海の潮を感じることができなくなるだろう。

「よい気持ちだ。このままこの場所にいたいものだ」

「八郎君」

「あはっはっは」

 八郎の豪快な笑いに家李はげんなりした。

 

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