壱ノ参 源八郎為朝(三)

八郎君はちろうのきみ!! 八郎君!!」


 そのころ、家李いえすえは、主人である源氏の御曹司の行方を捜して林を練り歩いていた。

 身長は、さほど高くなく細身で肌の色も真っ白だ。ゆえにただでさえも貧粗に見られがちの彼の顔は、真っ青でまるで死人が歩いているようだった。

 まあ、彼がそのように見えるのは自由奔放な主への気苦労が耐えないせいもある。


「たく、どこへ行かれたのでしょうか」


 家李は肩を落とし、背筋を丸めた状態で歩き、幾度とため息を漏らしていた。

 すると、近くの雑草が割れ、なにかが目の前に飛び出してきた。驚いた家李は、そのまま後方へと倒れて尻餅をつく。

 眼を開けると、茶色いウサギが不思議そうにこちらを見ていた。


「なんだ。野うさぎか……」


 家李がそう悟と同時にウサギは、今しがた出てきた方向を振り向いたかと思うと、一目散に反対方向へと逃げ去った。

 家李は、安堵したのも、つかの間。直後に茂みの中がまた揺れ始める。家李が茂みのほうを凝視していると、突然何かがそこから飛びだし、家李に襲い掛かる。

 せっかく立ち上がったというのに、突然の襲撃で、家李の体は再び地面にたたきつけられた。


「わっわっわっ!!」


 目の前には、茶色の毛で体を覆った一匹の狼、その鋭い目が家李をとらえている。逃すまいと四肢で固定している。故にどんなにあがいても、家李は身動きがとれない。食われるかと思いきや。茶色い狼は、家李の頬を舌で舐め始めたではないか。

 家李は狼狽する。


「やめろ!! やめてくれ~~!」


 どうにか、跳ねのけようとするが、すごく懐かれている様子で、まつたく離れようとしない。

 普通の犬ならば、かわいいですまされるかもしらない。だが、自分にじゃれているのは狼だ。鋭い牙を持つ獰猛な野生の狼。いつ、餌食にされるかわからない。そんな恐怖が家李の中で駆け巡る。


「頼むから離れてくれよ」


 家李の怯えを楽しむかのように、狼は咆哮すると、再び舐めまくった。


「ハハハハ」


 少年の笑い声により、狼はようやく家李で遊ぶのをやめ、体から降りた。

 解放された家李は上半身を起こして、笑い声のしたほうへと振り返る。


「ずいぶんと懐かれているなあ。家李」


 狼は、いつの間にか、大男に頭を撫でられていた。


「はっ……八郎君~~!」


 そこにいたのは、幼きころより共にいた主の姿。その傍ら日には、最近主と婚姻の儀を済ませたばかりの姫がいた。

 一見すると類まれない美貌をもつ姫君なのだが、いかんせん、彼女は男勝り。大きな槍を手に持ち、単衣の袖は、めくりあげている。

 おそらく、この夫婦はいつものごとく、一悶着したところだろう。

 彼女の足元には、白い狼。


「見物しないで、助けてくださいよ~~」


「何情けないことをいう。それでもおれの乳母子うぼじか?」


「関係ないでしょ! とにかく……。うわっ!!」


 ようやく解放されたかと思いきや、茶色い狼が再び家李に乗りかかった。


「よいではないか。おもしろい」


「どこが!?」


「八郎。いい加減になさいませ」


 白縫しらぬいはため息をついた。


「ああ。そうだな。山男やまお


 茶色の狼は八郎のほうを振り返った。


「いい加減に放してやらぬと、家李が死ぬぞ」


 茶色の狼はすぐに家李の上から降りると八郎のほうへと歩み寄る。

 八郎は腰を下ろし、近づく狼の頭をやさしく撫でてやった。


「お利口さん。よいか。山男。家李をときは、俺がよいと言ってからだぞ」


「八郎君!!」


 家李は悲鳴を上げた。


「はっはっはっ。冗談じゃ」


「冗談とは思えませんよ!」


 二人のやり取りをみながら、白縫は頭を抱えた。

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