語り部

 悪がき

「そして、里の民たちは、平和に暮らしました」

 老婆の長い話は終わった。子供たちは、いまだに興奮冷めやらない様子で、目を輝かせている。

 その無邪気な瞳を見ると、老婆の中で喜びがあふれてくる。

「けど、大蛇って封印されただけなんだよね」

 子供の一人が質問した。

「封印、解けたりしないの?」

「それは、大丈夫じゃ。そのために毎年祭りを行っているのでな」

「行慈祭りだね」

「そうじゃ。あれは、封印が解けないようにするための祭りでもある」

「もうすぐ祭りだね」

「今度って、おばあちゃんの孫が舞うんだよね」

「ああ、そうじゃよ」

「楽しみ……」

 子供たちの一人が上を指さした。

「あっ」

 老婆が振り返ると同時に上からバケツが落ちると同時に、中に入っていた砂が一気にこぼれ落ちた。どさっと、老婆の上へ降り注ぎ、砂埃が舞う。子供たちは、鼻や口を押さえながら、後退する。


「やったーー!」


上の方から少年たちの声がする。


「こらああ。また、お前らか」


 自分の頭にすっぽりはまったバケツを外すと、石垣の上から少年たちが見下ろしているところが見えた。


「やったーー」

「これが本当の砂かけばばあだね」


少年たちが楽しそうにいう。


「くだらねえ。話してんじゃねえ。このくされ婆」


そのなかで最年長らしき少年が悪態をついた。

「こっ…この悪童ども!」

「逃げよう!」

「早く逃げようよ」

「おう」


老婆の視界から少年たちが消える。


「こらっ! まて! 」


 老婆が叫ぶ。しかし、もうすでに逃げてしまったらしい。


「また、やってる! 」

「最悪だわ。わたし、あの人苦手」

「わたしもいやよ。でも、やっていいことと悪いことがあるわ」


一人の少女は怯えたような目をし、もうひとりの少女は眉間に皺を寄せながら立ち上がった。


 老婆のほうはというと、追いかけるのでもなく、砂をはたいていた。

「おばあちゃん。大丈夫」

「大丈夫だ。しかし、"悪がき"めが……。よからぬことしなければいいが……」

 老婆がため息まじりにつぶやいた。


「あれ?」 

 その時、一人の子どもが空を指さした。

「どうしたんだい?」

 老婆が子供の指さした方向を見上げると、鳥が一羽飛んでいるではないか。鳥はそのまま、老婆の頭上を飛行し、先ほど老婆にいたずらしち少年のほうへと飛び立つ

「うわっ」

 鳥の足が"悪がき"の頭に一度着地したかと思うと、すぐに翼を広げて飛び立つ。

「なんだよ」

 苛立たしげにいう"悪がき"のすぐ前に鳥が止まるとしばらく少年のほうをみていた。

「なんだよ。いったい」

 "悪がき"はその姿を見て、はっとする。

「鶴?」

「鶴だね」

「鶴だよ」

 "悪がき"とともに悪戯を仕掛けていた二人の少年たちが首を傾げている。

 やがて、鶴は天高く飛び立つ。

「珍しいねえ。鶴がこげなところにいるってのは……」

 遠くでその様子を見ていた老婆が言った。

「鶴といえば、おばあちゃん。話の中に出てきた鶴って何者だったの?」

 一人の子どもが尋ねた。

「さあね。妖怪かもしれんし、陰陽師の式だったのかもしれん。あるいは神の使い。もしくは神そのものかもしれん。いろいろな説があるが定かではない」

「ふーん。謎だね。もしかしたら。あの鶴はそのときの鶴かなあ?」

 幼い子供がいまだに空をその場から離れることを惜しむようにグルグルと飛んでいる鶴を見上げながら尋ねる。

「そうかもしれないねえ。なにせ鶴は千年生きるらしいから」

 鶴は空を舞っている。

 しばらくの間、少年たちわ見守るように飛び回る。

 その様子を"悪がき"がしばらくの間見ていた。

「こらあああ。あんたたち」

 すると、背後から少女の怒りの声が響き渡る。

「うわっ、姉ちゃんだ。早く逃げよう」

 "悪がき"はそう言われて、駆け出した。

「待ちなさいよ。こらあああ」

 逃げていく悪がきたち。

 追いかけるのは優等生の少女。

 老婆が微笑み、鶴は再び屋根の上に留まるとしばらく子供たちを見守っていた。

 やがて、再び天へと飛び立っていき、今度はいずこかへと離れていった。

 

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