卌漆 道
儀式が終わり、もう一度宴が開かれる。男どもが陽気に踊り歌う中。
白縫は少し離れた場所で腰かけ、彼らを見守っていた。
「あの、白縫さま」
万寿がためらいながら、話しかけてきた。
「隣、よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
万寿は、白縫の隣に座る。
「万寿姫。これから、どうなさるつもりですか?」
「決まっております。松尾家を再建します。」
その言葉には、まったく迷いはない。彼女は、まっ直ぐな視線を向けている。その先にとらえているものは、宴を楽しんでいる者の姿ではない。
彼女自身がすべき事。
白縫は、八郎と酒を飲み交わしている高宗を見た。
「そして、小太郎。私の弟に立派な侍になってもらうのです。侍になり、この肥前の国を守ってほしい。それが私の願いです」
「高宗どのは?」
万寿は、白縫のほうを振り返る。
「主君としてお慕いするのみです。それに私は、いま家の再建することで精一杯ですもの」
そういって、彼女の視線は高宗に注がれる。
その瞳の奥には、寂しさが滲む。
どれほど慕おうとも、どれほど恋焦がれようとも、叶わぬものがある。
実際、経験のない白縫でも、想像がつく。
白縫には、それ以上の言葉を持たなかった。
八郎たちは、それから五日ほど後藤家に滞在したのちに阿蘇へと戻ることにした。後藤家との軽い別れの挨拶を終えて、旅立ったのは、朝餉を終えたおと。日は、天高く昇り始めたころだった。
「あのくされ陰陽師は、どこいった?」
「行……安倍様ですか?」
「ああ……」
「さあ?知りませんよ」
「俺と同じで気まぐれのようだ。ところで、八郎君。俺もここらで……」
「俺の家に来ないのか?別当」
「遠慮しとく。いまから、行きたいところがあるんでね」
「また、兄上、どこへ?」
「琉球だ」
「は?」
「あそこには、面白いものがあるらしいぜ」
「面白いもの?」
八郎は、目を輝かせた。
「そういうことで、またお会いしましょう」
そういいながら、別当はいずこかへと去っていった。
「まったく……」
「本当にあんたの家臣は自由ね。与三は、与次郎君の下に残るというし……」
「まあ、いいさ。いざとなれば、やつらは、いつでも俺の元に駆け付けてくれるからな。よし、早く帰ろうか」
「ええ」
八郎たちは、阿蘇へ向かって春きだした。
「万寿姫。お体に気をつけください」
「はい、高宗さまも……」
万寿姫もまた、八郎たちよりも遅れて三日。旅立ちを迎えていた。
別れの言葉はたったそれだけ
二人は名残惜しそうに見つめ合う。
これで、もう会うことはないだろう。
胸が引き裂かれそうな想いをぐっとこらえ、ただ見つめ合っている
「姫。さあ、御乗りなさい」
「はい。ありがとうございます」
彼女、後藤家の用意してくれた牛車の屋形に乗り込む。
牛車がゆっくりと動き始める。
少しずつ、遠ざかっていく。その姿を高宗は、ただ見つめていた。振り向くこともなければ、追いかけることもない。
後ろ髪惹かれながらも、ただ見送るしかできない。
彼女の幸福を願いながら……
その後、高宗は宗明と名を改め、家督を継ぎ、後藤家の繁栄に努めた。
万寿姫もまた、松尾家の再建に努めた。彼女の弟、小太郎は松尾家の当主としてあとを継ぎ、繁栄を極めていったのだという。
そして、生涯、二人が相まみえることはなかった。
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