卌陸 宴
その夜は、盛大な宴が開かれた。
どうにか、逃げ延びた高宗と万寿、与次と与三の姿もある。
彼らの話によれば、山を下りるときにも、一つ目の化け物が次々と出現したのだという。それをどうにか倒しながら、とにかく姫を安全な場所へと連れていくことに専念した。
「けど、本当に与次兄貴はすごかったでござるよ」
与三はすっかり与次に懐いてしまっているらしい。
「とても農民とは思えぬほどの槍裁き。敵を錯乱し、次々と撃退したでござる」
激励された与次が気恥ずかしそうに、酒を飲んでいる。
「しかし、お主ら、いつから兄弟になった?」
「さっきでござる。兄弟の契りをむすんだでござるよ」
与三は、与次のもっている盃に自分の盃をぶつけると、ぐいっと飲み干す。
「けど、本当にけががなくてよかったわ」
白縫が振り向くと、寄り添うように座る高宗と万寿の姿があった。
なんかいい感じねえとほほえましく思える。
そのあと、自分の夫のほうへと視線を向けると、豪快に笑いながら、別当とともに踊っている。よほど、仕留めたことがうれしかったようだ。けれど、彼がとどめを刺したわけではない。実際は、行慈坊が最後の一手を打った。
そのまま、池へと真っ逆さまに落ちていき、大蛇とともに浮かび上がることはなかった。死んだのだろう。
命を投げうってまでこの地を守った。まさに英雄だ。
「あやつは死んでないぞ」
いつの間にか、八郎が白縫の隣に腰かけて、酒を飲んでいる。
「どうして?いくら待っても上がってこなかったじゃないの」
「死んでいない。というか、あれはおそらく人ではない」
「はい?」
「影法師でしょう」
紀平治が付け加えた。
「影法師? 外法師様が使う?」
白縫はそんな言葉を思い出した。たしか奇怪な術を使う者のことを言っていたような気がする。
「はい。都では陰陽師とよばれています。"影法師"というのは、いわば式を使って自分の分身を作る術です。ねえ。御曹司」
「……」
「じゃあ。行慈坊は陰陽師?」
「ああ。狸野郎だ」
八郎が悪態をつく。
「狸じゃないよ。八郎」
背後から声が聞こえ、振り返ると、袿姿の少年が一人佇んでいた。
誰だろうかと白縫と紀平治が首を傾げる。
「安倍殿」
声を荒げたのは家李だった。
八郎は舌打ちをする。
「なぜ、ここに?」
「もちろん、八郎に逢いにきたのさ」
「いつからいた。都はどうした?」
「私も勘当されちゃったんで、八郎のところへきちゃった。えへ」
「えへじゃねえ。冗談じゃねえよ。失せろ」
「ひどいになあ。私と八郎の仲じゃないですか。それに私がいなければ、大蛇なんて封印できませんでしたよ」
「封印?」
「はい。息の根を止めたと思った?たかが、人間にあれは倒せきせんよ。せいぜい封印するぐらい」
「ということは、いずれ封印がとけて、また出てくるかもしれないということ?」
白縫が問いかける。
「はい。でも、しばらくは大丈夫でしょう。少なくとも、私たちが生きている間はないかと思います」
「そういうものか?」
「けど、絶対とは限らない」
安倍泰春は、高宗のほうへと近づいた。
「だから、宮を立てなさい」
「宮?」
「封印を守る宮。そこ宮を守る者をつけるといい。そうだな」
泰春の視線が八郎の傍らにいる狼へと注がれる。
「君にしよう」
「おい」
「君と君の背後にいる彼」
泰春は、狼の背後を指さす。そこに、ほんのりとした光が浮かび、もう一匹の狼が姿を現した。
「山男?」
「ああ。。君たちが守る。いわゆる狛犬みたいにね」
「狛犬?犬じゃない狼だ」
「はは。狼も犬のようなものじゃないか」
泰春は野風の頭を撫でる。
すると、野風が安らかな表情を浮かべる。
「では、儀式を行うとするか」
「おい。話を勝手に進めるな」
「急いだほうがいい。この世の中何が起こるかわからないからね。後は巫女が必要だ。他の頼めるかな。ツル」
「構わぬ」
いつの間にか、鶴の姿があった。
「私が…… 今後。代々守って差し上げましょう」
「そういうことだ。いいかい。八郎」
「ちっ、勝手にしろ」
八郎はそっぽを向いた。
そして
儀式は行われた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます