卌伍 放タレタ矢

「どうでもいいけど、あの高みの見物しているやつ。どうにかできない?これじゃぁ、埒が明かない」

「それなら、やってみますよ」

 そういうやなり、紀平治はその手に持っていた礫を天高く投げつけた。それを合図にして、茂みの中から無数の矢が飛び出してくる。

「なによ。あれ。私たち以外にもいたじゃないの」

「そういうことですかね」

 無数の矢が大蛇へと向かっていくが、空中をうねりながら回避していく。矢は、上空を仰ぐのみで次々と地上に落下する。

「ちょっとおおおおお」

 その矢がなんと白縫たちの頭上に落ちてくるではないか。

「わっわっ」

「あー。失敗か」

「兄上。なに余裕かましているんですか」

「よし。白縫姫。槍をかしてくださいませ」

 別当は白縫の了承をえるよりも早く、奪い取ると頭上でそれをグルグルと回しはじめる。落ちてきた矢は弾き飛ばされていき、襲い来る敵に次々と突き刺さる。それ以外は茂みの中へと吸い寄せられるかのように消えた。

「ちょっと、茂みに隠れていた人たちが……」

「心配いらねえ。よく見てみろ」

 そう言われて茂みのほうへと視線を向けると、人の姿は全くない。ただ弓が上空に矢を放たれたすぐあとの状態で固定されているのが無数見えるだけだ。

「これは?」

「自動装置というやつだ」

「いつのまに?」

「あの坊さんの提案だよ。一晩で仕掛けつくりやがった」

 坊さんというのは、行慈坊のことだ。

 あの人はいったぃなにものなのだろうか。

「けど、当たらないと意味ないじゃない」

「けど、戦力は削れたみたいですよ」

 そう言われてみれば、敵の数がずいぶんと減っている。

「なに?しもべたちが……」

 それには大蛇も驚いているようだった。

「けど、大将がまだよ」

「おのれえ、人間ども」

 空をずっと仰いでいただけの大蛇が今度こそ、白縫たちを襲わんとして、大きく口をあけながら下降し始める。

「きたああああ。バカ男早くしろおおおおお」

 白縫が叫んだ瞬間、大蛇の胴体に何かが貫いていくのが見えたのと、同時に大蛇の体から勢いよく血しぶきが上がる。血は地面に投下し、緑を赤く染める。

「なに?」

 大蛇が振り返る。

 天を貫かんばかりに聳え立つ大きな岩。

 そのうえに人の大男が弓を構えてたっている。

「どうやら、狙い通りのようだな」

 八郎は、勝ち誇ったような表情を浮かべた。その挑発に刺激された大蛇は、体をふるわせる。

「ははは、こんな矢で我を倒せるとでも……」

「なにをいっている。お前には痛みを感じぬのか?」

「なに?」

 ドロドロしたものが体を伝っていることに大蛇はようやく気付いた。

「おのれえ。人間。こんなものでわしを倒せると思うなあ」

 大蛇は八郎のほうへと向かう。

「この小童めが」

 口を広げると、中から炎が噴き出そうとする。しかし、それよりも早く体中に激しいめまいに襲られる。炎は消え去り、全身に怠惰感が現れる。

「ほほお。大蛇でも酔うのだな」

 そういうと再び矢を放つ。矢は大蛇の角を破壊する。

「ぎぁぁぁあ」

 大蛇は悲鳴を上げる。

「どうやら、あいつの弱点は角のようです」

 八郎のそばには、行慈坊の姿があった。その手には大きな矢が握られている。

「ああ、全部破壊する」

 そういうなり、行慈坊から矢を受け取るとすぐさま放つ。

 同時に地上から無数の矢が放たれていき、次々と大蛇へと命中していく。

八つの角が破壊されるたびにのたうち回る大蛇の瞳が八郎をとらえる。

その目はまだ死んでいない。ただ激しい憎悪が一心に八郎へとむけられ、八郎は一瞬ひるんだ。

「八郎。ここで怖気づくな」

 行慈坊の乱暴な言葉ではっとする。

「おぬし……」

 行慈坊はうなずく。

「本当に嫌なやつだよ。お主は……」

 八郎はにやりと笑みを浮かべる。

  大蛇は突然飛翔し、八郎よりも高く飛び立つ。

「その魂ごと食ってやる」

 大蛇は八郎のすぐ前。大きく開かれた口は、いまにも八郎を飲み込もうとする。

 それよりも早く、八郎の矢は解き放たれ、大蛇の口の中へと吸い込まれ、そのまま体を貫いていき、向こう側へと飛び出す。たちまち、大蛇の体が真っ二つに割れて投下していく。

 これでおしまいかと思われた。

「まだだ」

 そういうよりも早く、行慈坊は岩から飛び降りる。

「おい。こら」

その腕にはいつの間にか刀が握られている。

大蛇はそれでも、八郎をめがけて飛び立とうとした。それよりも早く、行慈坊が大蛇の首を確実に切り落としてしまった。血しぶきが上がり、行慈坊の体を染めていく、行慈坊は大蛇とともに地面へと投下していく。

「泰春!」

 八郎が叫ぶと、落ちていく行慈坊がにっこりと微笑む。

 首を失った大蛇と行慈坊の体はそのまま池の中へとたたきつけられ、一瞬にしてその姿は、水の中へと消え去った。

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