卌弐 決戦ノ火蓋

「貴様、貴様は!?」

 大蛇は声を荒げる。

「なにを。この俺を忘れたというのか。この六条判官源為義の八男! 源為朝をな!!」

 大蛇の眼が見開く。

「お主は、あのときの小僧か!懲りもせず、殺られにきおったか」

 酔いが回っているのか、大蛇の体が揺れている。

「まさか。お主を倒しにきたに決まっておる!!」

 八郎は大蛇に人差し指を突き刺す。

「なにをバカげたことをほざく。お主は弱い。我にかなうはずがない!以前は、命までは奪わなかったが、今夜は、容赦せん!」

「それはコッチのせりふだ!あの屈辱はらさん!!やれええ!!」

 八郎の合図とともに茂みから次々と弓が放たれる。しかし、弓は鱗にはじかれて無残に地面に落ちていく。

「くくくく!このような弓で我を倒せると思っているのか!!哀れな人間どもめが!」

 大蛇が叫ぶと、十二単の姫の装いをしていた万寿のいる足元の地面が膨れ上がる。すると、万寿の腕を独りの娘がつかんだ。そのまま、引っ張られ膨れ上がった地面から降りた直後、さきほどまで万寿のいた地面から一つ目の化け物が姿を現し、万寿たちにその長く鋭くとがった腕を振りかざした。悲鳴を上げる万寿を彼女の腕を掴んでいた娘が背後に隠す。

「姫様」

 茂みから何かが投げ込まれ、娘はそれを手に取ると、振りかざした。

 槍だ。槍の矛先が化け物を切り裂き、そのまま、はじけるように消え去る。

「ちょっと、八郎。話が違うわよ。大蛇だけじゃないの」

 一つ目は一体だけではない。無数の一つ目が八郎たちを囲む。

「予定外ではあるな。でも、これはこれで楽しい」

 そういうなり、懐にしまっていた刀を抜いて、迫りくる敵を切り裂いていく。

「家李、与三。応戦しろ」

「わかってますよ」

 八郎のすぐそばにいた家李たちも刀を取ると、一つ目を切り裂いていく。

「きゃ」

 いつの間にか、万寿の背後から一つ目が抱き着いてきた。

「よいぞ。そのまま、その姫をこちらへ」

 一つ目は、大蛇の下へ万寿を連れて行こうとした。その瞬間、突然万寿をとらえていた一つ目が砂となって消え去る。そのまま、彼女の体が地面に崩れ落ちる前に誰かが腕をつかんで引き上げた。

「とにかく、あなたは逃げてください」

「高宗様」

 振り返ると、鎧をまとった高宗がいた。

「高宗どの。お前は万寿姫を連れて逃げろ」

 八郎が応戦しながら、叫んだ。

「しかし……」

「万寿姫の役目は終わった。ならば、そこにいてもらっても困る」

「そういうことよ」

「白縫。お前もだ」

「えええ。バカ言ってんじゃないわよ。あんたでも私の楽しみを奪う権利なんてないわよ」

 槍を振り回す娘・白縫は次々と襲い来る一つ目を倒していく。

「お主は、本当に女か。実は男ではないのか」

「うるさいわねえ。これでも女よ。女をバカにすると痛い目あうわよ」

「そうか。とにかく、いけ。与三。護衛を頼む」

「あいよ」

 与三は周囲の一つ目を避けるように上へと飛び跳ねると、一つ目の頭を踏み台にしながら、高宗たちのところへ向かう。

 その間にも、高宗は万寿の手を握り締めたまま、一つ目を倒していく。

 与三は上から、一つ目を踏みつける。

「さあ。おいらについてきな。退路は準備する。けど、御曹司。おいらだけじゃ、心もとねえよ」

「ならば、与次」

 一つ目との闘いに参戦していた与次郎が振り返る。

「お前もいけ」

「え?でも」

「土地勘があるのはお前だけだ。無事に姫をにがせ」

「けど……」

 与次郎は大蛇を見上げた。

 大蛇は楽しそうにこちらを見ている。

 思い出されるのは、父が大蛇に殺された姿。いまでも、焼き付いて離れない。自分と兄を逃がすために、大蛇と戦い食われた。血まみれでそれが父だったことさえも分からない状態で自分たちの前に転がっていた。そして、兄。一命を゜取り留めたが、いまでも寝たきり状態だ。自分で仇を打ちたい。そんな思いで今回の戦に参加した。

「仇は打つ。必ず、無念を晴らしてやる。だから、いけ。守れ」

 その言葉になにか弾かれたような感じがした。守れなかった。守られただけで、守れなかった。

 父も兄も、村の友達もだれも守れなかった。だから、守れるように一人で鍛錬を続けた。ときには 鍬で、ときには木の棒で、いつでも守れるように、強くなりたかった。

「わかりました」

 与次は、槍を握り締めた。

 与えられたばかりの槍は重い。それでも、必死に使いこなせるようになった。  

 与次は戦い続ける白縫を見た。白縫はうなづく。

「与次の兄貴。いくでござるよ」

「なんで、兄貴?」

「決めたでござる。名前も似ていることだし、おいらはこれから与次の兄貴の弟になってやるでござる」

「わけがわからない」

「とにかく、いくでござるよ」

「うん」

 与次郎と与三は目の前に現れる一つ目を消しながら、高宗たちを逃がすむことに専念した。

 高宗は万寿を抱きかかえる。

「高宗さま」

「しっかり捕まえいてください。必ず、あなた様を母君や弟君のところへ返します」

「けど……」

「あの人たちなら大丈夫ですよ。走りますよ」

 高宗は与次郎たちに続いて、走り出す。

「逃がすか」

 大蛇が高宗たちのほうへと向かおうとする。すると、大蛇の体に痛みが走る。振り返ると、大きな矢が突き刺さっているのが見えた。

「ばかな」

 その向こうを見ると、自分体よりも大きな弓を構える八郎の姿。

「行かせぬ。お前は俺の獲物だ」

 一瞬、目を見開いた大蛇だったが、豪快に笑い始める。すると、突き刺さったはずの矢が、するりと抜け落ちる。

「こんなものでわれが倒せるか。神にも匹敵する我を侮るでない。人間」

 大蛇は笑い出すと、天へと飛び上がった。

 羽もなく飛び出す白い鱗は思わず目を奪われてしまうほうに美しい

 何も知れないものならが、一瞬でとりこになっていたのかもしれない。

 けれど、軍勢たちは、それが畏怖なる存在であることを知っている。その優美さに恐怖さえも感じられる。

「さあ。人間ども!われに餌食となれ!!」

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