丗捌 高宗ト万寿

「万寿姫」

万寿が与えられた部屋で物思いにふけっていると、御簾の外側から男の声がした。

御簾をそっと上げると縁側に佇む高宗の姿。

「若様」

「あの……その……」

尋ねてみたものの、言葉が見つからない。

自分の後頭部を撫でながら、空を仰いでいると、万寿のほうが口を開く。

「ありがとうございます」

「え?」

「あのとき、助けていただいて……」

「あれは、為朝どのが……」

「結果的にそうなりました。けれど、それでもあなた様があの時来なければ、私はここにいませんでした」

「……」

高宗は、万寿をしばらく見つめていた


平安の都では、決してない対面である


都では、姫と対峙するときは常に御簾越しなのだという。

直接、顔を見て話すことは許されていない。

けれど、ここは都よりはるか西にある地方。

都のしきたりなど、あってないようなものだ。

「座ってよいか?」

「はい」

高宗は御簾をあげて、万寿のすぐそばに腰かける。

「万寿姫、私はお主に聞きたいことがある。」

「なんなりと。申されてください」

高宗は、口を閉ざした。

なんといえばいいのだろうか

聞きたいことも話したいことも山ほどある。


あの時から

三年前のあの日

初めて出会ったときから一度として忘れたことのない姫君がすぐ目の前にいる。

万寿もまた、高宗の次の言葉を待った。

ただ、視線は会う。

お互いの退けることもなく、視線が交わされていく。

どれほどの静寂が流れていったのだろうか。

「吉道は……」

ようやく、高宗が口を開く。

「はい」

「吉道殿は……父を恨んでいたのか?」

聞きたかった。

本当はどのように思っていたのだろうか。

彼女の父親を追放したのは、まぎれもない自分の父親だ。

無実の罪と知りながらも、容赦なく追放した父を吉道が、彼女が許せるとは思えない。

きっと、憎んだはずだ。

脳裏によみがえるのは、自分の元から去っていく吉道の姿。

「父は……。父は恨んではいないと申されていました」

高宗ははっとする。

「後藤様は悪くないのだと……。後藤様は、自分を守ろうとしてくれたのだと申されました」

「万寿姫?」

「けれど、私はそうは思いません」

高宗は、目を大きく見開く

「父が後藤様をまったく恨んでいないとは思いませぬ。心のどこかで恨んでいたはずです。そして、私も、恨んでも仕方のないと思いつつも、後藤様を恨む気持ちがあります」

「万寿姫……」

万寿は、微笑んで見せた。


「だからといっても、後藤様をどうこうしようとは思いませんよ。先ほどもいったとおり、恨んでも過去には戻れません。復讐したからといって、なにか得るものがあるとは思えません」

「なら、なぜ?」

「それはいったはずです。私が望むのは、此度の策が講じたときの見返りです」

 万寿はもう一度真剣な眼差しを高宗へと向けた。

 その眼差しに高宗の胸が高鳴るのを感じた。

 なんと美しいのだろうか

 

 其の睫も

 其の眼差しも

 其の口元も

 その長い髪も

 すべてがまぶしく愛おしい


その意思の強さを感じさせる真剣な瞳が、いっそう彼女の優美さを引き立てている。


「それともう一つ……」

「え?」

「あなたに伝えたかったことがあります」

「私に?」

「はい、父は申しておりました。なによりもあなた様が気がかりだと……」

「吉道が?」

「はい」

高宗ははっとする。

「父は、あなたのことを息子のように思っておりました。だから、あなたが一人になるのではないかと心配になっておいででした」

「私は……」

「でも、大丈夫のようですね」

「万寿姫……」


「高宗殿!!」

高宗が思わず、彼女に触れようとしたまさにその時、後方から八郎の声が聞こえてきた。高宗は、咄嗟に彼女から離れ、後方へ倒れそうになる。

振り返ると、そこには、八郎や白縫たちの姿があった。

「た……為朝殿……」

「なにを慌てている? もしかして、よからぬことをしようとしていたな」

其の言葉に高宗の顔がかーっと赤くなった。

「なっ、なにを申されておるのですか!?」

「若、そうなのですか!?」

慌てふためく高宗と八郎とともにやってきた高宗の家人たち。

「ご……誤解するな! 私と万寿姫は、そのような……」

 高宗のすぐ背後にいた万寿は、思わず御簾を下げた。

「ま……万寿姫? どうなさいました? 勘違いしないでください。私は、そのような……」

「ハハハハ。冗談じゃ。万寿よ。こやつにそのような度胸はない」

万寿はそっと御簾を開く。いつの間にか、八郎が近くまで来ていた。

「おれなら……」

「八郎~~~」

 すると、白縫か思いっきり、八郎の背中を蹴った。そのはずみで八郎は前に倒れ、御簾が揺れる。

「あれ?」

普通に倒れてしまった八郎に白縫は驚く。

「ハハハハ。なかなかやりおるなあ。白縫。お前も嫉妬するのだな」

「だれがよ。このボケナス」

「ハハハハ」

八郎は起き上がりながら、御簾を上げた。

万寿は、躊躇う。

「それよりも万寿どの」

「はい?」

「これから、弓を取りに行くのだが、お主も来ぬか?」

「弓ですか?」

万寿は目を芝立たせた。

「ああ、先ほど行慈坊から連絡が入った。できたのだそうだ」

「為朝どの!それは!!」

高宗ははっとしたように八郎のほうを見る

八郎は、口元に笑みを浮かべた。

「そうだ。大蛇を射抜くための最強の弓を手に入れにいくのだ」


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