丗陸 願望

「八郎君」

 獅子を退治し、屋敷のほうへ戻ってみると、家李が門の前で待ち構えていた。

「家李。無理をするでないぞ。お前はまだ、万全じゃない」

「なにをおっしゃいますか⁉ 八郎君!」

「八郎ったら、急に飛び出していっちゃうんだもの」 

 家李のすぐ後ろから、不機嫌に顔をゆがめている白縫が出てきた。

「はははは。すまぬ」

 八郎は、豪快に笑う。

「あんた、本気で反省していないでしょ」

 そういいながらも、白縫はほっとしている。あの時の落胆ぶりを考えるとよく立ち直ったものだ。やはり、家李の存在というものは、八郎にとってはなによりも大切なのだろう。

 少し羨ましいような気がする。もし、自分が家李のようなことに遭遇したならば、八郎はどんな反応をするのだろうか。

 白縫は、八郎たちにばれないように、そっと胸を抑え俯いた。

「為朝どの。飛び出したとは?」

 高宗は、八郎を見る。

「虫の知らせという奴だ。気にするな」

 八郎は高宗を見向きもせず、それだけ告げると屋敷のほうへ入っていった。

「八郎君!!」

 家李は慌てて追いかける。

「ちょっと、もう……」

 白縫は、ため息をもらすと、佇んでいる高宗と其の隣にいる少女のほうを振り返った。


「ごめんなさい」


「いいえ。もう慣れました」

 高宗は一瞬呆然としたのだが、にっこりと微笑む。

 其の隣にいる娘はきょとんとした顔でこちらのほうへと視線を向けていた。

 白縫は、その視線に気づいて娘のほうをみた。

「あなたなの?此度の策に参加してくれる姫君というのは?」

 「あ……、すみません。あの……その……」

 少女は、躊躇いながら白縫を見る。

 白縫は、思わず、プッと吹き出してしまった。

「そう堅くならないで。見たところ、あなたと私は年がそう変わらないみたいだもの。遠慮は要らないわ。ちなみに私は白縫というの。あのデカブツの妻よ」

「白縫姫様、そのようにいっては……」

「いいの。いいの。私は八郎の妻よ」

 そうですけ高宗は、苦笑する。

「それで、あなたは?」

「えっと。私は、万寿と申します。かつて、後藤様で家臣をなさっていた松尾吉道の娘です」

「松尾?」

「あまり詮索なさらないでいただきたいのですが……」

 高宗が言った。

「そうね。まあいいわ。万寿様ね。さあ、どうぞ」

 そういって、白縫は、万寿を屋敷へと案内する。

「あの~、ここは私の屋敷なのですけど……」


「細かいこと気にしないの。後藤家の御曹司様。もう一ヶ月も住んでいるのよ。家も同じ。さあ参りましょう。助明殿が首を長くしてまっていらっしゃるわ」

「はい」


 屋敷に入ると、万寿は、肥前国松浦郡領主後藤助明の元へと案内された。

 彼女が助明と会うのは、初めてのこと。

 優しい印象を受ける。

 やはり親子。

 高宗とよく似ている。

 高宗が大人になったならば、おそらく助明のようになるだろうと想像がつく。

 万寿は彼の前に座ると、頭を下げる。

「お初にお目にかかります。私は、かつて後藤様に仕えもうしあげておりました松尾吉道の娘、万寿でございます」

 丁寧な挨拶の言葉に、彼女の育ちのよさが伺える。


 その様子をみていた八郎は、白縫とはずいぶんと違う女子だと思った。

 白縫もまた、阿蘇の平四郎忠景という大名の娘姫なのだが、幼いころより、歌をたしなむことよりも武術を磨くことが好きな姫君であったために、礼儀のかけている部分があった。

 いわゆる、おてんば娘だ。

「ずいぶんと違うなあ」

「え?」

 八郎のつぶやきに、白縫は不機嫌そうな視線を向けた。

 八郎はにやりと歯をみせながら、白縫をみる。白縫いは、ムッとしてそっぽを向いた。


 助明は、万寿の顔をしばらく見つめていた。

 正直、その娘から文が届いたときは、驚愕し、戸惑った。

 結果として、自分が最も信頼していたはずの家臣を追放し、死に追い詰めたのだ。

 それを憎んでいないはずはない。

 本当は、『生贄』になりにきたのではなく、自分を責めに来たのではないか。あわよくば、刃をむけるのではないかという不安が巡る。

 このまま、彼女を屋敷から追放することなど容易い。家人たちにいえば、すぐにでも追い出してくれるだろう。しかし、そんなことできるはずもない。すでに彼女は、屋敷の中へ踏み入れている。それに、瞳に宿る決意は、決して憎悪というものではない。父の敵が目の前にいるというのに、その瞳は澄んでいる。まったく濁ってはいない。

「吉道どのの娘か」

 助明は、しばらく沈黙したのち、床に頭を突かせた。突然の行動に誰もが目を丸くする。

「父上?」

「助明殿?」

 高宗と八郎が同時に声を張り上げる。


「すまぬ。私のせいだ。私のせいで、あなたさまの父上を……」

 助明の体は震えていた。

「それなのに、あなたさまにまでも危険な目にあわせてしまうなんて」

「父上……」

 高宗は、そんな父が痛たまれない思いがした。

「いいえ、そのことはもうよいのです」

「しかし……」

「あなたさまが罰を受けたとしても、父は戻ってくるわけではありません。それに私は、助明様を責めるためにきたのではないのですよ」

「ほほお」

 八郎は興味深げに、その強い意志に満ちた眼差しをもつ少女を見ていた。

 それに気づいた白縫が横で八郎をにらみつけているが、八郎はまったく気づいた様子もなく、万寿を見る。

「私は、あの恐ろしき大蛇を倒すためにきたので。」

「万寿殿?」

 助明は顔をあげて、少女を見た

「幸い、私たちの暮らす高瀬の里はまだ被害は出ていません。しかし、噂は聞いております。あの大蛇のおかげで多くの民が亡くなり、多くの土地が荒れ果てました。そのことに私は胸を痛めていたのも事実です。」

「よくいう女子じゃ」

 万寿は、突然割り込んできた声にはっと振り返った。

 そこには、見事に獅子を退治して見せた少年が腕を組んだ状態で座っていた。

「八郎君!!」

 家李は声を張り上げる。

 白縫は、怪訝な顔で八郎を見るだけだった。

「なにがいいたいのですか?御曹司殿」

 万寿は、顔をしかめる。

「俺にはお主が言うことは作り事のようにしか聞こえぬのでな」

「つくりごと?」

「いや、違うな、きれいごとだ。お主の目的は、正義感によるものとは異なるのではないのか? お主は大蛇を退治するというそのものが目的ではない。其の先にあるものだ」

 万寿は眉間にしわを寄せた。

「まあ、そうでなければ、いくら正義感にあふれていようとも、女子が命を張るわけがない。お主の目的は報酬であろう?この策が成功した暁に得るであろう報酬」

 八郎は、不敵な笑みを万寿に向けた。

 しばしの沈黙が走る。

 やがて、万寿が口を開いた。

「そうです」

 万寿がはっきりと答えると、高宗は目を大きく見開き、白縫は感心したような顔をする。

「はっきりいいます。私は大蛇などどうでもよいのです。他所がどうなろうとも知ったことではありません。私の望みは松尾家の再建することだけです」

 其の言葉に、助明は静かに眼を閉じる。

 八郎は突然立ち上がり、豪快に笑いだした。

「八郎?」

「本当にまったく似ておらぬなあ」

 そういって、八郎は白縫を見る。

 白縫は、当然でしょ?と目を細めて八郎を見上げた。

「万寿とかいったな」

「はい」

 万寿は、きょとんとする。

「お主、気に入ったぞ。俺の嫁にならぬか?」

「八郎!?」

「為朝どの!?」

 白縫と高宗は、同時に悲鳴をあげ、万寿はなにをいわれたのか理解できず、眼をパチクリさせた。

「八郎! あなた! 妻の前でいうせりふなの!?」

「為朝どの! なんという!!」

 二人して興奮して、八郎に抗議する。

「冗談だ。冗談」

「八郎君~」

 家李は頭を抱えながら、ため息を漏らす。

「もう、八郎ったら!!」

 八郎は、不機嫌な顔をする白縫の横顔を見ながら、口元に笑みを浮かべた。



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