廿漆 御布令

「今日はこれだけだよ。ごめんよ」

「いいえ。大丈夫です」


姉は、ほんの一握りの米を貰い受けると、五つ年下の弟とともに、我が家に向かって歩き出した。


「姉上。ようやく、お米にありつけましたね!!」

「そうね」


 弟が無邪気な笑顔をむけると、姉も微笑み返す。

ようやくお米にありつけた。

ほんの数年前までは、食料を得ることの大変さなどわかってはいなかった。何不自由ない生活。当たり前のように米が目の前にあったはずなのに、いまとなっては、米を見るのも久ぶりのこと。

家が没落してから、あんなに強かった父は、あっという間にやつれていき、この世を去り、母もまた病に伏せるようになった。現在では、起きることさえもままならず、床に臥せっている。姉弟の少ない稼ぎで、その日をどうにか生きている毎日だった。

 生活のためにあらゆる仕事をした。元々豪族の家臣の家として、何不自由なく育った二人だったために、最初は苦労した。弟なんか何度となく根をあげていたのだが、さまざまな仕事をしてあるうちに、値を上げなくなり、どんなつらい仕事でも率先するようになった。

 その結果贅沢こそないけれど、それなりに暮らしができるほどの収入を得るようになり、久しぶりに米にありつけた。


「あれ?」


道を歩いているうちに、人だかりができていることに気づいた。


「なんか、人がいっぱい集まっているぞ」


姉弟は、お互いに顔を見合わせると人だかりのほうへと近づいた。


「なんと読むのじゃ?」

「さあ?」


そんな言葉が人々の間からこぼれ落ちていく。

そこには、おふれが掲げられていたのだ。

端整な字で丁寧に書かれたそれは、いかにも貴族といった感じだった


「読めるわけないよ」

「そうね」


弟のつぶやきに姉も頷いた。

この村人たちが文字を教わる機会などあるはずがなかったのだ。

人生を稲を耕すことに費やし、苗字さえもない農民たちには、文字の勉強などすることなく一生を終えることが多い

だから、読めないものをここに掲げられても仕方のない。


「後藤様?」


姉がつぶやくと、村人たちが一斉に彼女を見た。


「読めるのですか?」


村人の一人が尋ねた。


「はい」

「そうか。それで何とよむのじゃ?」

「えっと」


 姉は戸惑いながら、御触書のほうへ近づき、ゆっくりと読み上げ始めた。


『大蛇を鎮めるべく

供物となるべく姫を求む

勇敢なる姫があらんことを願う

なお

勇敢なる姫には褒美をあたえんとす』


「姉上。これは……」

姉は、弟がこちらを向いていることなど気づかない様子で、じっとお触書を見つめていた


「これは、大変なことだ」


村人たちがざわめいた。

いったい、だれが大蛇の生贄になろうというのだろうか。

そんなものがこの世に現われるのだろうかとささやきあっている

大蛇のことは知っている

このあたりにはまだ被害はないのだが、あの山の辺りの村では大蛇の被害が絶大なものであり、死者の数も相当のもの。

弟は、村人たちのざわめきに戸惑ったようにきょろきょろと見回す。


「小太郎」

「はい?」

「いきましょう」


姉はお触書に背を向けると歩きだした。


「姉上!!」


弟は慌てて追いかけた



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