廿録 策

八郎たちは、今後の策を練るべくして、家李の部屋へ集まった。家李はずいぶんと回復しているのだが、まだ静養が必要。当初は、別の部屋で会議をする予定だったのだが、家李自身がどうしても参加したいと無理して起きようとしたため、急遽、家李の寝床で行う事になった。


「大蛇は我々を避けているように思えます」

「我らを恐れて隠れているというわけではないようだな」


 助明の言葉にだれもがうなずく。なぜ、そのような行為を繰り返すのか、議論してみるが答えなどでるはずがない。ただの気まぐれとしか思えない行動だった。


「安易に出遅れているだけなのでは?」

「それはどういうことだ?」


 行慈坊のどこか揶揄したような話し方に、八郎の癇に障る。自然と言葉が荒くなるが、まったく気にした様子もなく話を続ける。


「現に我らが到着したときには、被害が起こったあとが多い。大蛇としては、単に食糧をほしさに村へと現れた可能性もあるでしょ」

「お主は大蛇の肩をもつのか」

「そういうつもりはありません。可能性です」

「たしかに可能性としてはありますね」


 紀平治が割って入る。


「お主もか」

「八郎君。人の話を聞きましょうよ」


 家李になだめられ、仏頂面をしながらも黙り込んだ。

 普段は家李をからかうわりには、そういうところは素直に聞く。

 どちらが主人なのかわかったものではない。まあ、年齢的らは家李のほうが一つ上ではある。


「我らが常に、後手に回っているのは事実。おそらく、大蛇は我らを弄んでいるのでしょうね。先日、遭遇したときの圧倒的な力の差を見せつけたのに、その後は姿を見せず、被害のみを拡大させていく。我らが困惑するのを見て楽しんでいるとしか思えませんね」

「その可能性はあるわね。なにせ。このバカがこっ酷くやられたのですもの」

「だれのことだ。白縫」


 八郎はむっとする。


「別に八郎だなんていっていないわよ」

「こやつめが」

「まあまあ」


 家李がなだめる。

 八郎はそっぽを向く。


「まあ、一回負けたぐらいでへこたれるんじゃ話にならないわね」

「姫様」


 八代が慌てて止めようとしたが、それを制したのは紀平治だった。


「へこたれてはおらぬ。今度こそ、仕留めてやる」

「そうこなきゃね」


 白縫は満足げに笑う。


「しかし、どうすればいいのでしょう」


 高宗が口を開くと、皆がどうしたものかと沈黙する。


「こういうのはどうでしょうか」


 静寂を破ったのは、行慈坊だった。


「これは、京にいたころに読んだ文献に描かれていた話です」

「文献に?」

「って、お主、京にいたのか」

「いったでしょう。御曹司。私はあらゆるところを旅してきたのですよ。京にはしばらく滞在しておりました」

「話を続けなさい」


「はい。皆さんは知っておられますか?スサノオノミコトの話を……」

「スサノオ?というのは、あのヤマタノオロチを退治したという伝説の?」

 家李の言葉に行事慈坊はうなずいた。

「はるか昔、山よりも大きな八つの頭を持つ大蛇がいたそうです」


ヤマタノオロチ、それはとてつもなく大きな大蛇だった。

その大蛇は、地を荒らし、あらゆる生き物を惨殺なまでも食いちぎっていったという。

困り果てた大和の民たちは、大蛇を倒すことを神に懇願した。

それを聞き入れ、大蛇退治へ向かった神こそ、スサノオノミコト。


「それで、スサノオはある策をとったのです」

「策?」

「それは、生贄です」

「生贄だと⁉」


 八郎が声を荒くし、ほかの者たちも騒めく。


「そうです、大蛇は、なにやら若い女子が好みだったと伝えられています。

だから、若い女子を生贄にして、大蛇を誘い、酒で酔わせて退治したそうで」

「それは、すなわち」


その言葉の続きは言わずとも察しがつく。

だから、そこにいる誰もが一瞬沈黙した。


「なにを申すのだ⁉」


八郎は、行慈坊の胸倉を掴んだ。


「女を生贄にささげろと申すのか⁉」

「八郎君」

「御曹司」

 殴ろうとする八郎の腕を紀平治がつかんだ」

「女子を犠牲にしようなど、ふざけたことを申すのか」

「八郎君。冷静になってください」


紀平治は必死に腕をにぎったまま喚く。


「ええい、離せ」

「行慈坊殿の言う通りです。それしかありませんよ」


家李の言葉にはっとする。振り上げられた腕は下ろされ、行慈坊はようやく解放された。


「相変わらずの乱暴者……」

「なに?」

「いいえ、なんでもありません。それよりも、決断なさいませ。御曹司殿」

「しかし、かのヤマタノオロチのようにうまくいくとも限らぬぞ」

「そうです。これは、賭けです。うまくいけばという程度の話です」

「やってみる価値はあるな」


 縁側から声がして振り返る。


「もちろん、生贄になる女子をみすみす殺させることはせぬとも」

「おいらたちが守るでござるよ。そうでしょ。八郎様」

「別当。与三……。しかし……」


 その時、白縫が背後から思いっきり頭をたたいた。八郎の体が前へとよろめく。


「なにをする!白縫!!」

「女をなめんじゃないわよ!!こういうときは男よりも女のほうが強いんだからね。特に地方の女は京の女よりもよっぽど強いわ。大蛇ごときにやすやす負けるはずないでしょ!!」

「しかし……」

「しかしもなにもない!よしっ!この役、私が引き受けてやろうじゃないの!」


白縫の袖をめくりながら言い放った言葉に、だれもが目を丸くする。

「だめだ! ダメだ! それは、断じて許可できぬ」


 八郎が声を張り上げる。

八郎のその意見に関しては、ほかのものも同意らしい。紀平治も家李もうなずいている。


「なんでよ! 生贄が必要なんでしょ⁉ 私は腕が立つのよ」


そういって、長刀を構えるしぐさをした。


「だめだ。どうせなら、もっと見目麗しい乙女がよい。おぬしのような跳ね返りには向かぬ」

「はあ、なにそれ。この筑後州一の見目麗しき乙女にいう台詞?」

「どこがだ。お転婆女が」


 言い争いをする二人を見かねて、助明が口を開く。


「話を続けましょうか」


白縫と八郎は、同時に助明のほうを見る。


「私も御曹司の意見に賛成です。あなたが生贄になるような事態は、私どもも避けたいのです」

「なんでよ。」


白縫は不満そうな顔をした。


「御曹司のお気持ちを察してくださいませ。あなたは御曹司にとって大切なお方です」


白縫は、八郎のほうを向くと、腕を組んだまま目をそらしている。「そういうわけじゃない」とつぶやきながらも、気恥ずかしそうに頬を赤く染めている。


「それに、阿曽殿が納得されませぬ。あなた様は御曹司の妻であると同時に、阿蘇忠邦殿の娘姫でございますのですよ。もし、あなた様を危険な目にあったとなれば、私どのもただでは起きませぬ」


どうか、それだけは勘弁してくださいと、助明は頭を下げた。


「じゃあ、どうするつもり?」


白縫は、助明を見た。


「おふれを出します」

「御触れ?」

「はい。生贄になってくださる姫君をとこの肥前国全土にお触れを出したいと思います。もちろん、それに関しては相当の礼をつくすと」

「父上!」


高宗は立ち上がると、父親をさめるかのような視線を助明に向けた。


「御曹司」


しかし、助明は高宗を一瞥しただけで、八郎を見る。


「どうか。どうか。この国をお救いください。そのためには行慈坊殿の示した策が必要なのです」

「……」

「成功する可能性は、五分五分です。しかし、やってみる価値はあると存じます。なにとぞ、ご理解くださるようにお願申し上げます」


 八郎はどうしたものかと周囲を見た。どうやら、皆の意志は同じようだ。


「わかった。その策でいく。けれど、決してその女子を死なすような真似はせぬ」

「はい。心得ております」


 そして、助明はさっそく肥前国全土に御触れを出すべくして、国主様への承諾を得ることとした



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