廿伍 人ノ弱サ
翌朝、唐船の里の偵察に向かっていた家臣が後藤家へと戻ってきた。
「里の様子はどうであった?」
家臣は助明のもとへとやってくると、状況を説明した。
「はい、相変わらずです。昨晩にも稲を荒らされておるとのこと。また、別の里でも被害もあり、子供が数人行方不明になっているとのことです。」
「そうか。さて、大蛇のほうはどうだ?」
「はい。やはり、姿を現しませんでした」
家臣がいうと、助明は神妙な面持ちになった。
「高宗よ。どうすべきであろうか?」
助明は隣で報告を聞いていた高宗を見る。
「大蛇が姿を現さねば、どうすることもできませぬ。せっかく、御曹司に来ていただいたというのに……」
「あの源家の者など役にたつのでしょうか」
その言葉を聞いた高宗が家臣を睨み付けた。
「も……申し訳ございません」
家臣は慌てて頭を垂らした。
「しかし、そう思うものも多いのは事実です。せっかく、大蛇が現われたのに、しとめそこねた名ばかりの武将だと噂するものもいる次第です」
家臣の言葉に高宗は言葉を詰まらせ、助明も黙り込む。
高宗の瞼の裏には、まるで魂の抜け殻のようになってしまっていた源の御曹司の姿が映っていた。
いまでこそ、立ち直っているが、その姿がよぎるたびに彼が決して強い人ではないのだと感じてしまい、不安が拭えない
最初、見たときは、なんとも勇ましく神々しいお方だと思った。
けれど、彼は決して強く完璧な人間ではない。
詳しい事情は知らないが、彼なりに寂しい思いをしてきたのだろう。家李を失うかもしれないと思った瞬間の彼は。まさに暗闇の中で親を探し続けてといる迷子の童のようだった。
だから、家李が目覚めたときは、ようやく親を見つけたときの喜びに満ちた迷子の眼差しに似ている。親子ではない。けれど、つながりの深さを感じる。
(私には、そのようなものはいなかったな)
そう感じながらも、記憶の奥底からよみがえるのは師匠の姿。
父のようで兄のような師匠。
もうこの世には存在しない男の背中。
失うことの痛みはわかる。
だから、失わずに済んだことに安堵する。
「高宗?」
父の声にはっとする。
「どうかした?」
「いいえ、なんでもありませぬ。あの、私はこれより、為朝殿の下へゆき、今後のことについての話会いをしようと思っております」
「なにか、策があるのか?」
「それは、わかりませぬ。けれど、なにかあるかもしれませぬ」
「そうか、ならば、わしもいこう」
助明は立ちあがった
「父上?」
「わしは、里へは行けぬ。だが、なにか知恵を与えることができるかもしれん」
「父上……」
「ゆくぞ、高宗」
「はい」
助明と高宗の二人と、数人の家人は、八郎のいる離のほうへと向かった。
「さて、どうするかな?」
その様子を『鶴』が人型をとって、屋根の上から眺めていた
「楽しそうですね?」
その隣には、行慈坊という法師の姿がある。
「おまえか」
『鶴』は、行慈坊へと視線だけ送った。
行慈坊も気にも留めずに後藤家の屋敷のほうへと視線を向ける
「あなたほどの力のある方ならば、大蛇など一握りではないのでしょうか?」
「なにをいう。それをいうなら、オマエだろう? あの御曹司に頼らずとも、止められるほどの力を持っているではないか」
「いいえ、私はただの未熟者ですよ。いつも言われてますからね」
「ほほお、そんなこと申すものは誰ぞ」
「……。それよりも、あなたはなぜ御曹司に肩入れなさるのですか?」
「ある者との約束だ」
「約束とは?」
「あのものを死なせないという約束」
「ほほお、なぜ、そのような約束を」
「あまりに哀れだったものでな。ただの気まぐれじゃ」
「気まぐれですか」
「お主もずいぶんと肩入れしているではないか」
「……」
行慈坊は、再び屋敷のほうへ視線を向けた。
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