廿嗣 焦燥

 家李が意識を取り戻した翌日。八郎たちは家李を後藤家の屋敷に残して、唐船の里へと訪れた。しかし、大蛇は現れない。ただその存在の気配だけを残しながら、姿は隠したままだ。


 しかし、八郎たちが里を去った途端に大蛇が人を襲うという揶揄したように繰り返されていた。もうすでに十日が過ぎようとしている。


「なぜだ?なぜ、姿を現さない?」


 最初姿を現し、さんざんコケにして去ったものが、今度は姿さえも現さない。己の姿を現す価値さえもないということか。


 まるで弄ばれているような気がしてならない。


「ふざけるな」


 八郎は、壁に拳をたたきつけた。


 このままでは収まらない。家李に重傷を負わせ、野風を殺したもの。このまま、野放しにすることなどできようはずがない。


「八郎、もう少し落ち着いたら?」


「これが落ち着いておれるか! 大蛇の被害は、俺がこの地に着てからも続いておるのだぞ!!」


「それは、そうだけど。その大蛇があなたの前に現われないんだから、倒しようがないでしょ?」


 白縫の指摘に言葉を失う。そっぽを向いて、歯ぎしりを鳴らす。


「御曹司は焦っておられる」


 紀平治と悪七別当は、庭のほうにいた。


 空には、金色に輝く丸い月が浮かび上がり、庭を照らしつける


「それも若さゆえんであろう。ああ、見えても、八郎はまだ15だ」


 紀平治の言葉に、悪七別当が答えた。


「乱暴者だが、根は優しく正義感に満ち溢れているからな。自分がどうにかしなければならないと思っておられるのだろう」


 紀平治は、別当のほうを見た。



 別当は、月をしばらく見上げていたのだが、紀平治のほうを見返す


「それに、わが弟、家李のこともある。なんとしても、大蛇をしとめたいだろう」


「だが、大蛇は現われない。あれ以来、われわれを避けているようだが」


「そうだな。我らを恐れているというわけではなかろう」


「むしろ、楽しんでいる。我らがどのような行動をとるのか。様子を見ているというところだろう」


「厄介なものだ」


「そうか?」


 紀平治は、別当を怪訝そうにみた。


「俺は厄介とは思わぬな。もっと厄介な怪物が都にはおるからな」


「都に?」


「そうだ。話にきくと、平家の勢力が強まっているようだ。とくに、安芸守の力は絶大になろうとしている」


「平家?」


「そうだ。近いうちに、都で乱が起こるかもしれぬ」


「……」


「時代は変わるのかもしれぬな」


「……」


 紀平治は、なにもいわずに月を眺めた。


 時代が変革を迎えるかもしれない。


 そのとき、あの御曹司はどんな道を選ぶというのだろうか。


 皆目検討もつくはずがなかった。


「御曹司はどのような道を選ぼうとも」


 別当は、紀平治を見た。


 紀平治は、月を眺めたままで言葉を続けた。

「私は、あの方についていくつもりです。」

 別当も月を見上げる

「そうだな。それには、俺も同感だ」


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