廿弐 高瀬ノ少女
少女は、一人かけていた。
一重の衣を身にまとい、長い髪をうなじのところで束ねた状態で、薬草を大事そうに握り締めながら、田んぼのあざ道を必死にかけていく。
村人たちは、一瞬少女に気づいたように振り返り、哀れみの眼差しを向けているが、彼女はまったきく気にした様子もなく、走り続けている。
その向こうには屋敷があった。古びたいまにも崩れそうな屋敷。
人が住んでいるかも怪しいところへと少女はなんの迷いもなく、入っていく。
「姉上!お帰りなさい!!」
中へ入った少女を待ちわびていたかのように、彼女の弟らしき少年が入り口から顔を出す。年は十歳ほどの子供でみすぼらしい恰好をしている。
「ただいま」
「姉上。薬草はみつかりましたか?」
その姿とは、打って変わって話方は、どこか気品が溢れている。
おそらく元はそこそこの家柄だったのだろう。
「はい。山に詳しい甚五郎様がくださいましたの」
少年と同じく、少女からも気品が見え隠れしている。
姉弟は、そのまま屋敷の中へと入っていった
屋敷の中には、四十台半ばほどの女が一人、床に臥せっている。
「母上。いま戻りました」
この姉弟の母親と思われる女もやせ細っており、顔色も至極悪い。
幾度となく咳を繰り返しながらも、上半身を起こし、て子供たちを迎えようとしている。
「母上。眠っていてください。いまから、薬をせんじますので……」
彼女は、急いで母を寝かせつけると、慣れた手つきでもらったばかりの薬草を煎じて母に飲ませた。
「これで少しはよくなると思います」
「万寿よ。すまなかったね。」
「謝らないでください」
「けどね。父上様があんなことにならなければ……
あなたたちに不自由をさせずにすんだものを……」
「それは、仕方がなかったのです。お方様を攻める気も父上を攻める気もありませぬ」
「でも……」
母親は不安そうに娘の顔を見る。
「確かに父上は地位を追われたあげく、流行り病で亡くなりました。でも、私は不幸とは思いませぬ。 だって、私には、母上も小太郎もおりますもの」
母を安心させようと笑って見せる。
「そうです。僕も姉上や母上がいて幸せです」
小太郎と呼ばれた少年もうなずいた。
「しかし、おまえ……」
「母上。あまり気をもむと体に障りますわ。ゆっくり、お休みになってくださいましせ」
「ごめんよ。本当に……」
母親は再び目を閉じる。
「姉上は、本当にこれでよいと思っておられるのですか?」
母の寝顔を見ながら、小太郎がつぶやく。
「僕はそう思えません。このまま、家が廃れるのはイヤです」
「仕方がないのですよ。お前も私もまだ、子供です。どうすることもできないですよ」
「しかし!姉上!」
「おだまりなさい!」
姉の怒鳴り声で、小太郎は口を閉ざした。
「あなたの気持ちはわかります。家を再建したい気持ちは痛いほどわかります。正直、私も同じ気持ちです。でも、どうしようもないのですよ。どうしようも……」
そろそろ、食事の準備をしないとと、彼女は小太郎に背を向けて、厨のほうへと向かう。そんな姉の後姿を不安そうに見つめていたが、外のほうへと視線を向ける。空には赤く染まる空と山の向こうへと消えかけていた。
「神様、僕たちに機会をおあたえください」
小太郎は切実な願いを天に向かってつぶやいた。
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