拾伍ノ弐 遭遇(一)

 山は険しい。

 全く舗装されていない道は、雑草が長く空へ伸びている。ごつごつとした岩がいくつもあり、行く手を阻む。

 ただ幸いなことか。八郎たちが山に入った途端に、《大蛇の僕》どもの姿が消えた。いや、殺気は感じる。それなのに襲ってこないのは、警戒しているのか、機会を狙っているのか。計り知れない。

「泉はどこにある?」

「もうじきつきます」

 先頭を走る与次が言うと、鬱蒼とした森林の向こうにかすかな光が漏れている。そこへ向かうと、突然開けていき、そこには泉にしては大きすぎる水のたまり場へと出た。池ではない。泉というよりも湖といっていい広さだった。それは太陽の光に照らされて、キラキラと輝いている。

「ここにいるのか?」

「ここは、元々水神様の住処。あそこにおいたちは、毎月、お供えもんをするとです」

 与次が指さした方向には、なにかの建物の残骸がある。

「水神様がお隠れになったというのは、あの祠がなにものかに壊されたからです。それから、大蛇や見えないなにかが、里を襲うようになった」

「見えないなにかというのりは、先ほどの輩だろう」

「あなたには見えていたのですか?」

 与次が八郎に尋ねた。

「ああ、里に来た時から見えていた。けど、最初はただその場に立っていただけで悪さをするようには、見えなかったのだが、俺と目があうなり、暴れだしおった」

「あなたの人相に敵意を覚えたのでしょうか」

「うわっ。またか」

 振り返ると、またもや行慈坊の姿。

「まあよい。おれの人相で襲ってきたというのは、尺にさわるな」

「覚えはありますよね」

 八郎は図星を疲れ、言葉を吞み込んでしまった。

「でも、まああなたさまのおかげで、後藤家の若様たちにも見えるようになったということは、今後の展開には好機となると存じます。あの矢は何なのですか?」

「……。見ての通りだ。隠形している輩を暴く矢」

「ほほお。あれは陰陽師の力を感じましたが……」

「……。そうだ。あれには、霊力がこもって負った。しかも、かなりの力をもつ陰陽師の……」

 そう答える八郎がだれを示しているのだろうと家李は考えた。答えは一つ。あの泰春。そういえば、都を去る前、八郎に矢を数本渡していた記憶がある。確か、魔よけとか言っていたような気がする。

 実は、妖怪を見る能力のないものにも、見せることのできる矢だったのか。しかし、なぜ、そんなものを渡したのだろうか。

 もしかして、泰春は、必ずこのような事件に八郎が首を突っ込むとわかっていたからなのかもしれない。

「御曹司。あれを見てください」

 突然、紀平治が叫んだ。

 八郎たちかはっとすると、天導の泉のちょうどの中央あたりの水面が波紋を広げていくのが見えた。最初は緩やかな波紋。それは徐々に円を描くように波打ち始める。たちまち泉全体が激しく揺れ始め、水が天高く膨れ上がっていく。

 水が重力に従って、泉のほうへと流れ落ちると同時に鈍い金色に輝く鱗が姿を現す。


 黄金の鱗に長い金色のひげ

 赤く鋭い眼

 大きな口

 頭には八つの角

 胴体はとてつもなく長い


「大蛇です!!」

 まだ半分ほどしか姿を現していないにも関わらず、それは軽く何十尺は超えているだろう。

 八郎たちその大きさに愕然とする。

 その視線に気づいたのか黄金の大蛇は、顔をくねらせて八郎たちを凝視した。

 八郎でさえも全身に冷たいものが走るのを感じるほどの威圧感に襲われる。   

 大蛇は、一機に天へと飛だし、全身の姿をあらわにした。

 ある程度、上へと飛び立つと体をうねらせて八郎たちのほうへと顔を向けてその口を大きく開きながら、奇妙な声を上げる。

 八郎たちは、思わず耳を伏せてみたが、頭にキーンと響く。

 大蛇が口を閉ざすと、奇妙な音はやむ。ほっとする暇もない。大蛇が八郎たちをめがけて突進してきた。


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