拾嗣ノ壱 大蛇ノ下僕(一)

“天導の泉”は、竜宮山の中心付近に存在する泉。山の麓から歩いて一刻ほどの距離のところに存在しているという。そこから、さらに上の天に突き刺さんばかりに聳え立つ“天導神”に大蛇が度黒を巻いていたというのが、高宗の話だ。しかし、山の麓からも見える大きな剣の先のような岩には、度黒を巻いた跡は見えない。

「あの……。どうか、おいも連れてってくださいませ」

 与次が申し出た。

「それはだめだ」

 八郎が答えるよりも早く、高宗が断った。

「なぜですか?」

「君は武士ではない。小作人だ。戦うすべなどもたないだろう」

「若様。おいを見くびってはこまります。ここ数年。どれほど、大蛇に苦しめられながら、ここまで生き延びてきたか。わかりますか?」

 そういうと、高宗の家臣の一人からやりを奪いとった。家臣はそれを奪い返そうとするが、それをなぜか紀平治が取り抑える。

「おいたちは、やつらの戦ってきました」

「やつらと戦ってきた?」

 八郎は、眉間にしわを寄せながら、どういう意味かと問いかける。

「やつらです。たぶん、大蛇のしもべ

「どんなやつらだ?」

「見たことはございません」

「見たことがない?見えざる敵ということか」

「はい。けど、確実に現れる。どんな姿かはわかりませんが、田畑を見張っていたならば、稲が食われる姿だけは見えるのです。だから、こんなふうに……」

 与次は槍を付く仕草をした。

「つくのです。そしたら、悲鳴が上がります。仕留めたと思いました」

「思う?」

「なにせ、姿が見えませんから……」

「なるほどな」

 八郎は、突然田畑のほうを振り向く。

「どうなさいましたか?」

 高宗が怪訝な顔で八郎を見た。

「なにかいるようですよ」

 八郎の代わりに家李が応えながら、田園のほうへと視線を向ける。すると突然どこからともなく悲鳴が上がる。同時にものすごい風がどこからともなく吹き付け、せっかく育った稲を根こそぎ攫って行く。


「まただ。また、見えない敵が田畑を……」

「確かに見えぬ敵だな。おぬしらにとっては……」

 八郎は、弓を構えて、勝手に荒れ果てようとしている田畑のほうへ向けた。

「なにをなさるのですか?」

「普通の矢ではだめだな。家李」

「これが最後の一本ですよ」

 家李はそういいながら、一本の大きな矢を差し出す。それを受け取るなり、弓にかけた。そして、弓を大きく引く。狙いは、次々と稲が消え去っていく田畑。

「面白いものをみせてやる」

 八郎は、そういうなり矢を放つ。矢は田畑の中央に突き刺さる。

 同時になにもない空間から、人の形をしたなにかがぼんやりと浮かび上がる。

 周囲は、騒然とした。

「なんですか?あれは……」

 人の形をしているが、全身は青色。顔には一つ目。髪もなければ、耳もない。た大きな赤い一つの瞳のみが異様な光をはなっている。胴体はクビリもなくつながっており、両手は異常に長く、地面につくほど。指は二本。目の下の大きなくち。そこから除く下も青白くぺろりと唇を舐める。

 人でないなにかが数体、こちらを見ていた。

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