玖ノ壱 依頼(一)

 八郎たちが、ちょうど朝餉を済ませたころ、肥前国からの使者が尋ねてきた。 

 夜通し、急いできたのか。髪も衣も乱れている。

「後藤さまのご子息ではありませんか。どうなさったのですか?」

 忠邦は、すぐさま女中たちに代わりの服を用意するようにつさたぇる。女中は、急いで屋敷のほうへと戻った。

「あれは誰だ?」

「彼は後藤様の嫡男でおられますよ。為朝殿」

「為朝?あなた様がかの有名な源為朝さまでいらっしゃいますか?」

「そうだが?」

「はじめまして。私は、肥前国より参りました後藤助明の長子。後藤高宗ともうします」。

 あまり年の変わらない若者に会釈されて、八郎は面食らった。

「そう硬くならずともよい。見るからに、おぬしは、俺と年の変らぬではないか」

 高宗が顔をあげると、目が合う。

 そのまっすぐな瞳に引き寄せられてしまった高宗は、自然と見入った。

「おれになにかついているか?」

「いえ、その……」

 戸惑う高宗の様子は、八郎からすれば、育ちのよい世間知らずとしか思えなかった。

 体格のよい自分にしてみれば、なんとも華奢で頼りない。

 後藤家とはいかような家柄なのか。

 この地へやってきてから、二年。様々なところに訪れてはいたのだが、どうもそういうことには疎い。

「後藤家といえば、肥前国松浦郡の領主ですね」

 隣にいた家李がつぶやいた。

「ほほお。おぬしが当主というわけか?」

「いいえ、私は、その息子です。まだ家督をついでおりません」。

 八郎は、その言葉に父と兄の姿が脳裏によみがえってくる。

 八郎の一番上の兄である義朝は、源家の嫡男。いわば、跡取り息子だ。少々頼りない兄だが、当然のことだ。八番目であり、しかも正室とは、ほど遠い出自の母を持つ八郎が家督を継ぐなどあってはならない話。

 むしろ、自分は源家の汚点。厄介者にすぎない。

 彼らにしてみれば、『鬼』か『異形』にほかならない。

 だから、家督とは程遠い。

「それよりも、お話を聞いていただきたいのですが」

 八郎はハッと我にかえる。

「そうであったな。して、どのような話だ?どうも切羽詰っているようだが」

 八郎は気を取り直すと、彼に尋ねた。

「気楽にしていいぞ。おぬしよりも俺は年下の、ただの武士だ」

 それにしては、偉そうじゃないのと、白縫が視線だけを向ける。

「して、頼みというものは、なんじゃ?俺にできることか?」

 八郎が興味津々の眼差しで高宗を見ている。

 そういう姿をみると、まだまだ好奇心旺盛な子供。

 『鬼』ではなく『人の子』。

 周囲がどんなに畏怖しようとも、彼を慕う家臣たちからみれば、放っておけない童にすぎない。

「どこから話しましょうか?」

 高宗はどのように説明すべきか迷った。

「実は、後藤家が領地とする松浦郡にある山に大蛇が住んでおります」

「なに!大蛇だと!?」

 八郎に食い入るように見られ、高宗は仰け反る。

「八郎……たく……」

 隣に座っていた白縫は、あまりにも無邪気な反応に思わずため息を漏らした。

「すまぬ。すまぬ。話の続きを聞こう」

 八郎は、周囲の態度に気付くと、恥ずかしげに咳払いをした。

「はい、その大蛇というものが、唐船の里を主に悪さをするようになったのです」

「悪さ?」

「はい。稲を荒らし、家を破壊するのです。最近では、人をも食らうようになり」

 八郎にことの顛末を語りながら、彼の脳裏に何度も屍の姿がよみがえる。

 


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