陸 迷いの山道
後藤高宗は、数人の舎人を引き連れて、鬱蒼とした山道を急いでいた。
例の里で大蛇と遭遇してから、すでに二年。
その後も幾歳となく、あの里へと訪れているのだが、一向に大蛇の姿は現さない。ただ被害の規模が拡大する一方だった。すでに村人の犠牲者は百を超えている。
女子供見境なく、大蛇の餌食になってしまっているのだ。
そのため、高宗は村人たちに土地を離れてはどうかと提案したことがあった。
「それはできません。古来よりわしらは、ここに棲んでおる。最期までここにいたいのだ」
長老は断固として、土地を離れることを拒否した。
ならば、若者だけでも……。
「僕たちも離れるつもりはありません。けど、大蛇の餌食になりたくもない」
大蛇によって、生死をさまよったはずの与太郎でさえも、離れることを拒んだ。
いつ、大蛇の餌食になるとも限らない恐怖に、身を縮む思いをしながらも、その地で生きることをあきらめようとしない村人たちが合われにも思う。けれど、わからなくはない。
高宗もこの土地が好きだ。
この肥前国の松浦領から離れようとは、思ってはいない。
ならば、最善を尽くすべきなのか。
何度も大蛇にもて遊ばれてきた自分たちになにができるというのだろうか。
戦うすべをしらないまま、月日が流れていた。
そんなときだった。
総追捕使と自称する武将の存在を耳にしたのは……。
そのものは、高宗とさほど変わらない年ながらも、優れた体躯と弓の持ち主。しかも、名門源家の御曹司だという。
そのようなものが二年ほど前、この
真実かどうかは不明だが、会ってみる価値があるのかもしれない。
藁にも縋る思いで、高宗は父阿蘇行きを告げた。
父もその噂を聞いていたのだろう。
すぐに許可が出た。
急ぎ、出立してから、すでに一日がすぎようとしていた。
朝早でたのだが、すでに日は沈んでいる。
あたりを照らすのは月明りのみで、それさえも生い茂る木々に遮られている。
「道を間違えたのか?」
高宗が舎人の一人に尋ねたのは゛山へ入ってからずいぶんとたったときだった。
普段ならば、半日もせずにぬけるはずの山道。
けれど、どれほど歩こうとも一向に抜ける気配はない。
「そのはずはございませぬ。道はあっております」
地図を片手に、舎人の一人が当たりを見回した。
舎人は、何度も、何度も地図を見て、太陽の位置関係を見比べた。
方角はあっている。
確かにこの方向に行くべき場所があるはずだ。
しかし、まったくたどり着く気配もなくやがて見えるはずの海さえも見えない。
彼らは、手をこまねいていた。
「なあ」
「はい?」
舎人が高宗のほうへと視線を向けた。
高宗は馬に乗ったまま、周囲を見回した。
「どうも、先ほどから、同じ場所を何度も通っているように思うのだが……」
「え?」
主に言われて再び辺りを見回すと確かニ同じ景色がずっと続いていることがわかる。
林の中で同じような木々が立ち並ぶのだから同じところを回っているように思えても仕方ない。
しかし舎人はそうではないことに気づいたのは先ほど休憩を取ったときに主が腰掛けた石があったからだ。
「あっ! すみません!!」
舎人は、慌てて詫びた。
「詫びずともよい。お前が間違えたわけではないであろう」
「……といいますと?」
「私はそういった方面には疎いほうなのだが、どうやらアヤカシに化かされたらしい」
「え?」
高宗が林のほうをじっと睥睨していることに気づいた舎人もまたそちらへと視線を向けた。すると人陰が木に半分隠れるようにして佇んでいることに気づいた。
「何者だ!?」
舎人は、腰に掲げていた刀の柄を握り締めた。
「待て!!」
高宗の静止の声で舎人は我にかえると柄から手を離して主のほうを振り返り、「申し訳ありません」と頭を下げた。高宗は気にした様子もなく舎人を一瞥すると馬から下りてゆっくりと人影のほうへ近づいた。
人影はとくに逃げる様子もなくこちらのほうをうかがっている。容姿からいうと女であることは一目瞭然だ。
「若様! なりませぬ!!」
舎人は慌てて止めようとしたが高宗は歩みを止めなかった。
もうすぐどのような顔立ちをしているかを拝めるかと思われるほどの距離までたどり着いたとき、女は口元にかすかな笑みを浮かべて木陰に姿を隠した。
高宗は慌てて女の隠れているはずの木に近づいてみたが、そこにはすでに女の姿はなかった。
「消えた?」
舎人が呆然とつぶやいた。高宗は辺りを見回してみたが女の気配さえも感じない。
「あれはなんだったのでしょうか?」
「あれはおそらくアヤカシだろう。それよりも急ごう。一刻も早く為朝殿の元へ参らねばならぬ。いくぞ」
高宗は踵を返すとすぐに自分の馬へと乗り込んだ。そして馬を走らせる。慌てて従人たちが高宗を追いかけた。
慌しくかけていく大名たちの行列を女が木陰より姿を現して見つめていた。
黒く長い髪と白い肌。唇だけが異常なほどに赤い。
そこに浮かぶ笑みは不気味なものだった。
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