伍 阿蘇の屋敷にて


 八郎たちがようやく屋敷へと戻ると、紀平治きへいじが慌てて屋敷の中から出てきた。

 ゴツい顔とたれ目の男は、八郎の姿をみるなり安堵の表情を浮かべる。

「よお。紀平治」

「またごゆっくりされていた様子で……。あまり心配かけないでくださいませ。御曹司」

「それは悪かったな」

「本当にわかっておいでですか」

「わかっている。今後は注意いたす」

「ならよいのですが……。それよりも、別当べっとう殿が来ておられます」

「兄上?」

 八郎の後ろに控えていた家李いえすえが顔を出した。

「はい。つい先ほど到着なさいまして……」

「あいつのことだから、勝手にくつろいでいるのであろう?」

 八郎はそうつぶやきながら屋敷の中へと入っていった。


 案の定、家李の兄である悪七別当あくしちべっとうが屋敷の一室で、まるでこの屋敷の主のように紀平治の妻である八代やつしろに酒を告がせながら、くつろいでいた。

 紀平治は眉間に皺を寄せながら、彼の態度を見ているが、彼は全く気にしていない。むしろ、あきらかに嫉妬心むき出しな紀平次をからかうかのように、八代のほうへと近づき酒を注がせる。

「兄上!!」

 そんな兄の様子を見るなり家李が青ざめるのもよそに、相変わらずだなあと八郎は、彼のすぐ前に座った。

「のまぬか?」

 悪七別当は、盃を八郎に差し出す。

「俺はよい」

「酒は、好まぬか。いや飲めぬか。まだまだ、小童じゃのう」

 その言葉に八郎は眉をピクリとさせた。

 それを知ってか知らずに、別当はかわいい奴だといわんばかりに豪快に笑う。

「おや? 今日は珍しいものを収穫したようで……」

 別当の視線の先には見慣れぬ僧侶の姿があった。

 僧侶は、微笑みながら頭を軽く下げる


「帰られたか。為朝ためとも殿」

「父様!」

「ああ、今帰ったぞ。忠国どの」

 一人の男が姿を現した。年は四十になったほどのやせ型の男。目元は優しく、活発な白縫の父親とは思えないほどに、温厚な人柄なじみ出ている。

「為朝殿は、妻をもちながらも本当に気ままなお方だ」

 八郎は、にやりと笑う。 

「それよりも、じきに夕餉の時間になる」

 忠邦もまた僧侶に気づいた。

「為朝殿。そのお方は?」

「ああ。こやつは、行慈坊ぎょうじぼうと申すものだ。さきほど拾って来た」

「はははは。あなたは本当によくものをお拾いになる。行慈坊殿と申したな」

 忠邦は、八郎から再び行慈坊へと視線を向ける。

「行慈坊殿。もしよければ、夕餉を共に如何ですか?」

「え? 私ですか? しかし……」

 突然の申しいれに、行慈は戸惑う様子を見せる。

「よいではないか! 忠邦殿もそうおっしゃっている」

「遠慮することはございませぬ。あっ……。僧侶様だから、お肉などはご遠慮したほうがよろしかったですか?」

「忠邦どの。今日は肉料理なのか?」

「そのように聞いております」

 其の言葉に八郎の目がぱっと輝く。

「八郎ったら……」

 白縫は頭を抱えながらため息をついた。

「まあ確かに私は肉を好みませぬ。しかし、せっかくのご好意。お断りたいところですが、そういうわけには参りませぬな。甘えさせていただきましょう」

「ああ、もちろんです。お肉は、きちんと抜かすようにいいます。これも何かの縁。どうぞ、我らとともに夕餉をご一緒していただきたく存じます」

 忠国言葉に、行慈坊は微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る