第58話

「ねぇギレーヌ。私は貴方のこと、常識と節度をわきまえている人だと思っていたの」

正座をしているギレーヌの目の前にあるベッドに座っているルーネが、横にある机に拳を振り下ろした。

 幼女の力とは似ても似つかず、生活保護用奴隷のギレーヌよりも多少は高いステータスを持っているルーネの拳は脅すぐらいの効力は発揮している。

 「なんで自分に魔法なんて使ってニーキさんを襲ったの?」

 「そ、それはさっき言った、よ……?」

 「ん?」

 無言の威圧を駆けるルーネ。ギレーヌが目を合わした途端、ギレーヌは顔を伏せ方を竦める。

 ルーネのその顔には、直接説教などを受けてはいないレグリーや、その場にいるマロー二とクローニすら怯え、リーナは先程までマロー二に乙女の顔をしていたはずなのが、それすらも顔を青くさせて、誰も口を開こうとしない。

 「じゃあ質問を帰るけど、なんで自分からいけなかったの?」

 ギレーヌは、自分で自分に催眠の魔法を掛け、讀賣を襲うように命令をしていたのだ。

 それをルーネたちが知ったときには、これまでかというほど目を見張り、初めのうちは誰かに脅されているのではとまでなっていた。

 「そんなの。そんなのニーキ様の趣味に自分の体型があっていないからだよ」

 諦め気味な口調に強い物言いで言い放つギレーヌ。このことは、先程驚いたばかりのルーネたちですらも驚いてしまうほどだ。

 いつも余裕そうな顔つきで讀賣の隣を居座るギレーヌ、ということしか、彼女に対する色恋の印象が無かったからだ。

 そんな彼女ですらも、内心焦っていたのだ。

 日に日に増していく讀賣の幼女を求める意思。積極的に攻めだすギレーヌ。新たな恋敵の表れ。そして何より自分自身で生み出した焦燥だ。

 「私はもう幼女って言えるほどの体型じゃないし、命令だったとはいえ、私はニーキ様に恋、してるし……」

 微妙に頬を赤く染めて恋事情を語っているギレーヌは、目の前にいる顔にしわを寄せ、修羅の顔をしているルーネには気付かない。

 「ほほう。それは幸せそう、ですね」

 ベットからそっと立ち上がり手を伸ばす。

 その手をギレーヌの近づけると共に、ルーネ自身も足を進める。

 その歩みが進むに釣れ、ギレーヌの言い訳じみた恋事情のものは、紛いの無い色恋話に変わり、周りにいるレグリーたちの顔は、血の引けたような、紙のような色へと変わっていく。

 「ねぇギレーヌ」

 そう声がすると、ギレーヌはそっと顔を上げた。

 そして、赤く染めていたはずの顔を、真っ青いした。

 「な、なんでしょうか、ルーネさん」

 ギレーヌが畏怖する表情を浮かべるその先には、シャドウボクシングでジャブを繰り追い返していた。

 シュッシュッという風きり音が、何度も何度もなり響き、空気を振動させている。

 ギレーヌの目の前で寸止めをするように何度もジャブを放っていると、突然と止まり、ようやく終わったのかと顔を上げる。

 だが、その先には、期待していたものとは真逆のものが映っていた。

 「ねぇギレーヌ。何でか甘いものを食べた気がするからさ、ちょっと運動・・に付き合ってよ」

 「……ムリ、と言っても……?」

 そう聞かれると、ルーネは陽気な顔を浮かべ、その短身から伸びる壁を揺らした。

 「やーだ」

 ルーネがそう言うと、先程から魔法で強化をしている体に、されに強化を積み、身体能力を上げた。

 ギレーヌがそれを確認すると、一目散に正座を解き立ち上がり、讀賣が居るベッドへと突撃をする。

 「た、助けてニーキ様! 殺されちゃいます!」

 「ふふっ。逃がさないよ」

 逃げ出したギレーヌを追いかけるように、すぐさまルーネも走りだす。

 讀賣が居るベッドを板にするように、ベッドの周りを二人は走りだす。

 時折ルーネがフェイントを掛けて止まったり、左右に動いたりをするが、いかせん曲がり角までの距離は少なく、スピードが乗らないルーネとギレーヌとの差が縮まらない。

 「お、おきて! ニーキ様ぁ!」

 普段は動かず、かつ戦闘などの訓練をしないことから、奴隷の中でも比較的体力が低いギレーヌ。

 ルーネよりも先に体力が切れるのは必然だ。

 そう感じたギレーヌは、決死の覚悟で助かるために、ルーネの進撃を止めるために讀賣を起こそうと、讀賣の上に跨った。

 「っな! 卑怯だよギレーヌ!」

 幾ら怒っているとはいえ、讀賣はルーネんぼご主人だ。そんなご主人が寝ているのに、それを起こしてはマズいと、ギレーヌを退かすにも退かせない。

 

 ――ああ。どうすれば。


 そう考えると、突然と声がした。

 聞きたかった人の声、聞こえるはずの無い声。

 

 「ギレーヌ……重い……」


 そう、讀賣のだ。


 「ご、ご主人!」

 「ニーキさん!?」

 「ニーキくん!」

 「にいちゃん!」

 「ニーキ様」


 いっせいにその声のするベッドの上へと飛び込んだ。


 「うッ! ……だから重いんだよ」


 目覚めたばかりの讀賣は、この苦痛はとても耐えがたいもので、その顔にはいつもの様な余裕さはなくなっており、変わりにあるのは冷や汗だけだ。

 「だ、誰か。たすけてぇ」

 その助けの声は、それぞれが讀賣の目覚めを感激する声によって阻まれた。

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