第55話

 讀賣は姿を消すと、もう一度、左手に黒く光る魔法陣を浮かびあがらせる。

 「もう隠れたって意味が無いんだよ!」

 腕を持ち上げて指を鳴らし、波動を生み出す。

 波動が広がり、すぐに男の間の前で引っかかった。

 「戻って来い!」

 先程投げた刀のほうに手を向けると、目の前に居る讀賣目掛けて飛んでくる。

 刀がぶれながら讀賣目掛けて飛んでくる最中、淀みを中心として黒い斬りがあふれ出す。

 「黒魔法、黒の噴き霧ブラック・スモーカー!」

 魔法陣はお決まりの甲高い音を立て、分散し消え、空になった手の平を丸め口に近づけ、息を吐いた。

 火遁のように噴出される黒霧は、プシューという音を立て、さらに濃度と量を増した。

 「そんな霧がどうした!」

 飛んできた刀が讀賣を貫かずに通り過ぎたことに驚愕をするが、その刀を手に取り体を振り回しきを振り払う。

 霧が振り回される刀に纏わり疲れるようにしてなぎ払われると、切り刻まれたように晴れる。

 

 ――そして、目を見開いた。


 「ッな!?」

 霧が晴れた場所には、誰も居なかったのだから。

 「ど、どこだ!」

 あたふたと周りを見渡すと、虚空を刀の切っ先で掻く。

 あどけなく独活化す足にあわせ上半身も移動させ、正面に刀を振るう。

 全ての思考は、焦って正常には機能しない。

 それを確かめさせるように、男が刀を振るうに連れ、目の焦点はずれ、時折足を縺らしたりと、力だけが取り得の素人丸出しな動きだった男の動きから、その唯一の力すらも無くなっていく。

 そんな攻撃、異世界二日目で隠しステータスが増加をしまくり、透明になっている讀賣に当たることはおろか、掠ることすらも万に一もない。

 「ぁぁあ、くそっ! ここは俺が、俺だけが最強なのに、ここは女を恨むべきものが集う場所なのに!」

 とめどなく流れる汗に混じり、目から水が流れ出す。

 それでも男は止めることはない。

 汗を拭うと、震えだし、また汗を拭う。

 そして次の瞬間。

 「っあ」

 手の平に溜まった汗によって刀を投げてしまった。

 急いでそれを取りに行こうと駆け出すが、足場に溜まっていた汗の溜まりで足を滑らす。

 「なんで、なんで俺ばっかりがこんな目にあうんだよ! なんで、なんで……ッ」

 

 ――まるでそれは昔の自分のようだ。

 

 そう讀賣が思ってしまっても、それは普通なのだろう。

 讀賣自身も昔、この者と同じ考えだったからだ。

 自分の嫌うものは女。

 その女が居ない場所を作りたい。

 そして。


 「俺もだけ。俺ももう傷つきたくはない」

 

 そう言うと、身切れに展開し終わっている魔法陣を発動しやりを作り出し。

 

 「だからよ、お前ももう枷を外せよ」


 男を槍で貫いた。

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