第52話

 「ここ、は……?」

 目覚めた讀賣の目に入ったのは、転生する前、ケルプに会う前にいた場所のような空間だ。

 讀賣は一度辺りを見渡すと、不意に立ち上がる。

 「ここ、あの時と同じ場所じゃない?」

 そう、この部屋全体に散りばめられている発疹のようなものが、全て均等な幅で置かれているのだ。

 何度も目を擦り視線を泳がせるが、どこもかしこも均等に散りばめられているのだ。

 すると讀賣は壁まで近づき、確かめるようにべたべたと触れる。

 そのまま横移動で、すり抜けた壁の辺りを手探りで探る。

 あの時は、様々な移動をし、壁が正方形だったため、どこがどの面なのかなど、しっかりと忘れてしまっている。

 「はぁ。もっとラノベ主人公見たくしっかりと覚えていればよかったな」

 愚痴るように呟く言葉は部屋中に響き渡り、そして返事・・が返ってきた。

 「やぁ。もう一人の俺」

 「ッ!? 誰だッ!」

 一瞬の間を体を膠着させて怯むが、それはすぐに溶けた。

 きっと地球にいたときの讀賣のままならば、言葉を発するどころか、腰を抜かし放心していてもおかしくは無かっただろう。

 それがならなかったのは、きっと異世界での経験と、隠しステータスのようなもののお蔭だろう。

 「いや、君は異世界で新しい経験を積んで思考回廊や性格、それにが外れちゃったから、性格には俺は地球にいたときの俺、そんで君は異世界の俺って言った方がいいのかな?」

 讀賣が声のする後ろに振り返ると、そこには可笑しくなってしまったのか、愉快そうに笑顔を浮かべる地球時のままの外見の讀賣・・が立っていた。

 地球にいたときの経験を積んでいた讀賣でも、まさかドッペルゲンガーに会うとは思わず、動揺のの色を隠せずにいる。

 「それでさ。俺がここに俺を呼んだ意味、分かるかい?」

 唐突と投げられた質問に、下手な事を返すことが出来ない讀賣は沈黙で返す。いや、沈黙以外の言葉で返す事が出来ないのだ。

 まず第一にここがどこなのか、そして呼んだといっている男。そして呼ばれた意味。

 その全てが分からないのだ。

 「じゃあその沈黙は、分からないと取らせて貰うね」

 そう言うと、男は讀賣に近づき、消えた・・・

 「……は?」

 呆気にとられ、その場をしっかりと見ようと身を前に傾かせると、飛んだ。

 そう文字道理に。

 そう、後ろ・・から蹴り飛ばされて。

 「――ガハッ!?」

 背中のど真ん中を蹴られた讀賣は、弓なりに吹き飛ばされて飛んでいき、壁に衝突する。

 「く、そ! なんなんだよお前!」

 壁からずり落ちた讀賣は、地面を一度殴りつけると、男を睨みつける。

 その様子を見て男は讀賣を煽るように鼻で笑うと、またしても近づく。

 「この空間は俺が全て。お前が勝てることは無いんだよ……枷を捨てたお前にはな」

 男は四つん這いになっている讀賣の腹部を蹴り上げ立たせる。 

 そしてそのまま髪の毛を掴みあげると、無精髭の目立つ顔を近づける。

 「なあ。お前は異世界で浮かれれすぎて女と接しすぎじゃないか?」

 女、名前を出す事自体はしないが、それはきっとギレーヌやレグリーたちのことだろう。

 讀賣が彼らのことだと理解をしたとたんに、男は顔を歪ませ、苛立ちを隠す事をせずに暴れだす。

 「やめろッ! 女の顔を俺に見せるなぁ!」

 声を荒げると、掴んでいる髪の毛を千切るかのように投げ捨て、追撃といわんばかりに浮遊状態の讀賣を殴りつける。

 「んあんで、何でお前は枷を外して女と仲良くしているんだよ! ……あいつらがしたこと、まさか忘れたって言うじゃないよな?」

 忘れてはいない。そう、忘れては……。

 それに思い出させるように、先程ギレーヌから襲われたばかりだ。

 女は危険。それは重々承知をしている。

 しているが故に、答えは別にできてしまう。

 

 「それは地球にいた頃の話だ」

 

 と。

 唇に傷をつけた少年は、不適な笑みを浮かべ、地面から這い上がった。 

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