第50話

 「それじゃあ危険な状態のニーキさんをおいてきたってこと!?」

 ルーネの罵声がひらば一杯に響く中、その前には罵声を発している二倍以上の年齢はあるのではと思うほどの女性が座らされている。

 その名はレグリーだ。

 「リーさん。私は今から行きますので、帰ってくるまでそこで反省をしておいてください!」

 「は、はぃ」

 歯切れの悪い返事を返すレグリーを睨むと、しゃきっと姿勢を正す。

 ルーネはそれを確認すると、リーナを連れて讀賣が居る部屋へと駆ける。 

 「リーナ、行くわよ!」 

 「うん! それじゃあまたね、リーお姉ちゃん」

 リーナがレグリーに別れを告げると、先に走り出しているルーネに追いつくようにと、すこし早めの速度で走り出した。

 





 「はぁ、はぁ」 

 走り始めてから約二分。慌てて走り出したせいで讀賣がいる個室の場所までに行く途中で迷い、先程から同じ場所をグルグルと回っている。 

 「ど、どうすれば」 

 走る焦燥のせいで、あまり冷静な判断が出来ず、走っては休憩、走っては休憩で、当てずっぽうで走りまわっていた足を、恐怖が止める。

 ――もしも私がニーキさんの場所にたどり着けなかったら。

 「リーナ。どうしよう」

 出てしまった考えが、結果がルーネの体を縛り心に激しい動揺と恐怖の色を垂らす。

 明らかに変わった顔色に気付いたたリーナが、ルーネのことを休ませるために声を掛ける。

 「お姉ちゃん、ちょっと休んで待ってて、ね?」

 すこし移動した視線の先は、近く壁に取り付けられていた椅子だ。

 「ゴメンね、迷惑かけて」 

 一度リーナの顔を見ると、その次に先程リーナが見ていた椅子だ。

 もしもの時ように持ってきてあった治療用品であるエクセリーとポーションの入った鞄を肩から下ろし、リーナに渡す。 

 「私はここでしばらく休ませてもらうから、ニーキさんのこと、お願いできる?」 

 「うん! それじゃあちゃんと休んでてね」

 リーナはそう言い残すと、先程よりも速いペースで通ってきた道を引き返す。

 姿が完全に壁に隠れると、あらかじめ埃を払っておいたイスに腰を下ろす。

 そして唇を強く噛んだ。

 姉である自分が、妹よりご主人に尽くさなければいけないはずの自分が、何故このような場所に座っているのか。

 妹であり、奴隷などの役柄を受けていないはずの妹が、何故自分より頑張っているのか。

 自分より精神が幼い妹が、何故姉である自分ですらまともな判断が出来ないくらいの恐怖があるのに動けているのか。 

 「なんで、私より……」 

 何も力に慣れない自分がねたましくなり、こんな自分を消したいと思い、自分が役に立たない世界を見たくはない。

 幼き精神でごまかす腰の出来ない恐怖と、昇華しよぷとし、間違った方向に進んでしまった卑下。

 流れてくる涙を隠すために俯くと、涙を拭う。

 「私はどうすれば」

 それを口にした瞬間、真横にあった扉が開き、見知っている人物が姿を阿田和素。

 「クローニ、さん?」

 讀賣から名前を教えてもらった人物であり、この宿のオーナーで、このギルドのギルドマスターである人物だ。

 突然な事で隠している涙の事を忘れ上を向いてしまったルーネだが、すぐに顔を元の位置に戻す。

 「なんでここに……?」

 「そんな事はいいんだよ」

 ルーネの疑問を一蹴りすると、閉めた扉に寄りかかりルーネを一瞥する。

 様子を確かめるようにして眺めていた体から目を放すと、説教をするようにすこしきつい口調でルーネに言う。

 「奴隷だからとか、姉だからとか、本当にそう思っているんだったらあの子は悲しむよ」

 勿論現在の静止音状態から転じた結果だという事を理解しているクローニはお節介や変なこじ付けはしない。 

 「で、でも。私がここにいて、リーナは」

 「それも大丈夫だ。多分そろそろおばちゃんの孫が一緒になってる頃だと思うからね」

 至れり尽くされで、リーナが困るような事がなくなってしまったルーネが口を開けるような事がなくなった。

 今までは妹のことが心配でなどの口実で自分を責めていたのだが、今はもうそれが出来ないのだ。

 顔を歪ませて俯くと、クローニが横に経つようにしうて近づく。

 「別に非力な自分を恨まなくてもいいんだよ。それにきっとあんたにはあんたの出来ることだけを考えればいいんだよ」

 「私が出来ることって?」

 聞き返されたクローニは若干難しそうな顔で上を見上げるが、すぐにその思考を放棄し、立ち去る。

 その時に、クローニはルーネの横を通るとき、去り際に一つ言った。

 「若いんだ。いっぱい探して旅をして、一つだけオンリーワンの自分を見つけ」

 クローニはそう言うと、すれすれ違いざまに手を頭の上に乗っけて撫でた。

 すると納得のいったようで顔から不穏なものは消え、いつも誰にでも見せる笑顔へと戻っていた。

 「私、まだまだ若いんですねっ!」

 挑発をするように言ったルーネの何気ない一言は、クローニの心配をないものに 変えさせた。

 撫でて手を今度は横にし、頭に弱気でチョップを入れる。

 すこし痛そうな顔をするが、どちらかといったら苦そうな顔だ。

 えへへとすこし笑うと、またクローニはルーネの頭を撫でる。 

 「もう大丈夫そうだね」

 クローニがそう言うと、何のことか分からないのか、首を傾げる。

 その様子を見ると、微笑ましく思えたクローニが頬を緩め、その場を立ち去る。

 「今度会うときは、殺気みたいなくらい顔じゃなくて、もっと可愛い顔を見せておくれよ」

 「っはい!」

 背中を向けて厨房に向うクローニに笑顔でそう答えた。

 「にいちゃん、あの子はきっとものすごい魔術師になるわよ」

 何時のまにか確認をしていたルーネのステータスを見て、背中を向けると圧巻した表情となり、ルーネには聞こえないくらいの声でそう呟いた。

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