第48話

 顔を扉のほうに捩ると、一気に口を開きその名を叫んだ。

 「レグリーッ!」

 昨日も助けてもらった人であり、讀賣が唯一自分で居られる人物だ。

 讀賣が名を叫んでから数秒も経たずして、廊下には騒がしい叫び声とたどたどしく鳴り響く足音が流れ出す。

 「ご主人、今行くぞ!」

 ――バゴン!

 その声と共に扉が悲鳴をあげ、一気に吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされた扉は讀賣たちのすこし後ろを通過し、抜けている床に向っていき、吸い込まれるように落ちていく。

 そして通りすぎた場所からは穴に向って砂煙や誇りが舞い、それが流れてくる風にとって部屋中に蔓延し、讀賣たちを咳き込ます。

 「おいギレーヌ、気をしっかりしろ!」

 扉を蹴り飛ばし、扉があった場所に決め顔で立っていたレグリーが、讀賣の上に跨っているギレーヌの脇に手を入れて声を掛ける。

 普段のギレーヌならば、こんな大胆なことはしないし、それがご主人にすることなんてありえない。

 それを理解しているレグリーは、黒鷹のように敵対心は見せず、酔っ払った知り合いをあしらうように羽交い絞めの要領で、讀賣に近づく顔を離すために脇から腕を通して持ち上げる。

 「おいギレーヌ、しっかりしてくれよ……」

 呆れたような表情でレグリーは言うが、当のギレーヌンは、何か魔法のようなもの・・・・・・・・にかかったように腕の中で暴れまわっている。

 だが、幸いなことにギレーヌは生活用奴隷で、戦闘能力が皆無なもので、戦闘奴隷であるギレーヌに勝てるはずもなく、腕を振り回したり、足をじたばたとさせたりなど、まるで子供の駄々のように暴れている。

 「お、おいギレーヌ、本当にそろそろ」

 レグリーがギレーヌのことをとめようとした瞬間、急にレグリーの腕に噛み付いた。

 「イッ!?」

 腕を噛み付かれたレグリーが、条件反射で片手を離してしまう。

 「っく!」

 その隙を逃すまいと、一歩でも讀賣に近づこうと自由になった腕側から床に行くと、体を反転させて一気に体を引っ張る。

 「ギレーヌ、今は寝ておいてくれッ!」

 このままでまずいと判断したレグリーが、自由になった腕を掴もうとするのをやめ、その腕をうなじ近くに持っていき、一気に振り下ろす。

 「――カハッ」

 くとを大きく開き、目が飛び出てしまうのではと思うほど目を開けると、一瞬にして糸の切れた人形の如く、力なく膝から折れた。

 「……ギレーヌ」

 地面にぶつかる前にギレーヌのことを回収すると、レグリーは志津かに彼女の菜を呼んだ。

 普段ならこのようなことをすることのない人物だ。心配するのも同然だろう。

 だが、讀賣にはそのような余裕などはなかった。

 「――はぁっはぁっ」

 胸元を押さえ縮こまり、動悸を激しくさせている。

 ギレーヌに気を配っているレグリーも流石に気づき、すぐさまギレーヌを地面に寝かせると讀賣の元に駆けつける。

 「ご、ご主人!」

 讀賣の横に腰を下ろすと、背中を揺するが、いまいち効果を見せず、それどころかひどくなっているようで、大きな席をしては、嘔吐寸前紛いな音を口から出している。

 「レ、グリー。俺に幼女を」

 そういい残すと、ギレーヌに続けるようにして気を落とした。

 そんな讀賣を見てレグリーは悔しそうに一言呟いた。

 「なんでオレじゃなくて幼女なんだよ」

 この緊急事態に置いて、一番信頼を寄せているれレグリーに助けを求めるのではなく、幼女を求めている事について不の気持ちを抱いていた。

 だが、それを紛らわすかのように刻印が作動し、命令が実行される。

 『何時如何なる時も讀賣のことを考え、何時であろうと讀賣を守る』

 考えるのは今、助けるのも今。

 刻印に逆らう術を持たないレグリーは、下唇を噛む事で悲しさを沈め、リーナたちが居る食堂近くにあるベンチに足を進めた。

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