第42話

 ――コンコンコン。

 小さく部屋中にノックの音が浸透していく。

 「おいにいちゃん、起きてるかい?」

 今朝ぶりのおばちゃんの声が皆の鼓膜を刺激する。

 部屋の中にはおきている人物はいない。その声に返事をするものなどいない。

 「……はい」

 だが、ギレーヌの声が静かな部屋に響く。

 寝ていなかったとも思えるほどに目を開けてベッドから腰を浮かす。

 自分の体を一度見渡すと、スカートの丈を引っ張り歩き出す。

 「よし……大丈夫だね」

 扉の前に着くと、もう一度自分の体を見渡す。

 そして汚れなどが無い事を確認すると、いつもは見せない笑顔になる。

 だが、それは一瞬の事ですぐにいつもの無表情にも近い愛想笑いに変わった。

 「どちら様でしょうか?」

 流石に昨日の一件があったばかり。警戒をし、易々と扉を開けようとしない。

 「おばちゃんだよおばちゃん。この宿のオーナーの」

 それを聞くと、怪しがりながらだがそっとすこし扉を引き、その間から顔を窺う。

 「……あなたでしたか」

 おばちゃんの顔を見ると、ドアノブに力を入れていた手を離し、直接手で開ける。

 「なんだい? かっこいい男の方が良かったかい?」

 「わ、私はニーキ様が居ればそれで……」

 顔を赤らめて言うギレーヌの背中を二、三度叩くと、無理やりにギレーヌを部屋の中に押し返して自分も入る。

 「あっ。ちょっと困ります!」

 無理やり押し返そうと手を引くが、ギレーヌは生活の補佐を目的とした生活奴隷、それに対するおばちゃんことクローニは完全に戦闘が出来るステータスだ。

 結果は目に見える通りでギレーヌが押し負けし持ち上げられてしまう。

 「あらあんた。もっと食べなきゃ。すっごく軽いわよ?」

 心配をするよう声を掛けるが、それに返すギレーヌの声は必死に拘束を解こうとする呻き声だ。

 手足をじたばたとさせるが、拘束が解ける事はない。それどころか、自分から拘束を強めているようにも見える。

 「それで、なんであんたのご主人は寝てるんだい?」

 普通の大人や冒険者などは、未だに仕事をしている時間だ。なのに奴隷を三人も居るのに未だに仕事に出るどころか働いてすらいない。

 そこから予想される事は一つ。奴隷に働かせて自分は楽をしている。

 この宿は殆どが奴隷。その宿の女将だ、それを非難するのは当たり前だ。

 たたき起こそうとしたのかクローニが讀賣の布団に手を伸ばしたが、左右に添い寝をしている奴隷の二人に目が行き、伸ばした手を引っ込める。

 「にいちゃん、さっさと起きな」

 讀賣の横にいるレグリーとルーネを起こさないように優しく讀賣をゆするが起きる気配はしない。

 「おい、さっさと起きてくれよ!」

 見た目通りせっかちで短気なクローニ、一度体を揺すっただけでおきなかったからと、乱暴に声を荒げゆする力を強くする。

 それを見ていたギレーヌの顔が青くなっていき最後には敵わないとしって尚止めに入る。

 讀賣とクローニ、怒らせてはいけないのはご主人である讀賣、そんな事は考えなくてもわかる。

 「く、クローニさん! あんまりニーキ様に乱雑な扱いをしないでください!」

 涙目になりながら談判をしてくるギレーヌを引け目に感じたのか、いつの間にか掴んでいた讀賣の胸倉を放し困ったような顔をする。

 その顔を見たギレーヌが安心した表情でクローニを引っ張り外へと誘導をする。

 「私がニーキ様を起こすので、同時は後ほどで」

 扉に近づき、クローニが手を伸ばせばドアノブに当たるくらいの距離まで来ると、安堵の嘆息を漏らす。

 そしてその嘆息を聞いたクローニは、口角を最大まで上げると、ギレーヌに向って放つ。

 「だが断るッ!」

 一気にギレーヌを起点にするようにUターンをすると、唖然と口をあんぐり開けていギレーヌの真横を一気に足に力を込めて飛び上がり通り過ぎる。

 「さっさと、起きろぉ!」

 讀賣の横にいる奴隷たちに害が及ばないように両膝を広が、中心の落下地を讀賣の上に見定め、一気に落ちる。

 「おばちゃんパワー、全開よぉ!」

 一気に落下してくるクローニに比べ、未だに讀賣は眠ったままだ。

 だが、ここで新たな機能が働く事は誰も予想はしなかっただろう。

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