第40話

 扉から発せられる重みに足が重くなり、一歩が動かない。

 このドアを開ければそこにはレグリーが待っている。きっとレグリーのほうはそこまで羞恥心は無いだろう。

 だが讀賣は違う。中学生以来の人との恋愛。羞恥心もあれば、恐怖もある。

 レグリーは自分の奴隷、裏切る事は絶対にない。そんな事は百も承知だ。だが、いざとなると足が竦んでしまう。

 「俺っていつからこんなに臆病になったっけ……」

 思い返せば、彼女など作った事もなかった。

 いくら幼女が好きだとしても、犯罪を犯してまでの恋が出来るような主人公の器もない。

 

 ――何時だって俺は臆病だった。


 この扉が讀賣に気づかせるためにあるのではと思うほどすっぽりと嵌る。

 何時だって我が身可愛しで死闘してきた讀賣にこの決断はできない。

 付き合うにしろ振るにしろ、讀賣にはそれが出来ない。

 「……くそ」

 扉に背を向けもたれかかる。扉は当然ドアノブがあり、それが引かれているということもなく、後ろに倒れる事はない。

 「ああ。何時だって俺は臆病だったよ」

 自らの視界を絶つために腕を被せ隠す。瞼や腕、頬に感じる暖かい物を感じると、突然と扉から声が掛けられる。

 「ご主人、入ってこないのか?」

 鼻のいい種族の狼人であるレグリーが讀賣の匂いを感知し声を掛けた。

 突然な事で讀賣はとっさにドアノブを掴み動かなくする。

 ガチャガチャと内側からドアノブを捻る音がするが、ドアノブに入れている力はあくまでドアノブが壊れない程度の常識的なものだ。讀賣が思いっきり掴んでいるドアノブを捻ることは出来ない。

 「扉が開かないんだったら蹴り飛ばすぞ?」

 レグリーが讀賣に対する忠誠心の強すぎるあまり、引くという考えが浮かばないれレグリーは讀賣に最善をと助けに入ろうとするが、今の讀賣には逆効果だ。

 「開けないでくれ。それに今お前に合わせる顔がない」

 ドアノブにかかる力がなくなると、次は扉のしたあたりが全体押されるような力が入りだす。

 「だったら見せられる顔になるまでオレもここで待つ!」

 どうやらレグリーも讀賣のように扉に背を向け座っている。下から流れるようにくる声に自傷が入ったような声色で言う。

 「だったら何時までたっても臆病な俺を罵ったりとかで時間を潰しておいてくれ」

 ――ッドン!

 扉が殴られる。

 それは内側からのもの、レグリーがやったものだ。

 「そんなこと言うなよ……!」

 また一回と殴られて行く。

 「好きになった奴にそんな事は言いたくないし、言いもしない!」

 一回。

 「オレの事そんなにも信用が出来ないのか?」

 また一回。

 「オレの好きって気持ち、信じてくれよ」

 もう一度、なるということはなく、今度は廊下側からの鈍い音がなり始めた。

 「やっぱり俺はいつまで経っても臆病な性格だな」

 またもう一度。

 「ただ昔が怖いだけなのに、もう今は関係ないはずなのに」

 もう一度。そっと腰を落とすと、讀賣とレグリーは壁を挟んで背合わせの形になる。

 木目の多い木が間に挟むだけで讀賣の心をしっかりとさせる。先ほどまでは讀賣に重圧をかけていたはずの扉のはずがだ。

 「なあ。こんなご主人でも見捨てないでくれるか?」

 少しの笑い声がこぼれるが、すぐに引き締まった空気になる。

 レグリーが扉と対面するように正座をすると、讀賣がある反対側をそっと撫でる。

 「……んなの、当たり前、だろ……」

 悲しい声がそう告げたが、讀賣にはそんなことには興味がない。

 

――ただ自分が信じることの出来る人が欲しかった。


 ただそれだけなのだ。

 そう気づいたときには、すっかりと讀賣の頭からは返事の事など消えていた。

 だが、レグリーの心には一色の色が周りの色にもみ消された。

 そう、讀賣が出した質問は、恋人になって欲しい、ではない。奴隷のレグリーから見ればそれは奴隷以上親友未満という事なのだ。

 自分は奴隷、高望みをするな。

 まるでそう言われたのではと先ほどまで待っていた自分の気分を忘れるために、この静寂な空間に身をゆだねた。

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