第38話

 「ご主人なんか食うか?」

 讀賣がレグリーの正面に座ると、手元に合った炒飯を差し出してくる。

 「俺は頼んできたからいいよ。それとそれ、他人の勝手に食べてるんじゃないよな?」

 「くれたんだよ。なあご主人、オレってそんなに野蛮に見えるものなのか?」

 「まあファーストコンタクトがあれだったしな」

 初対面の人に突然襲い掛かってくる。これを野蛮以外の言葉で表すとするならば、きっときちがいなのだろう。

 レグリーはすこし頭を撫でると、何も話してこない讀賣に他人と接する事が苦手なほうのレグリーが話しかけられるわけもなく黙って食事を再開させる。

 「なあレグリー」

 「ん?」

 「お前ってさ、俺のことどう思ってるの?」

 「ど、どうって、さ……そりゃ? ……まぁ」

 顔を赤くさせてそっぽを向く。

 体を捻らしているレグリーに冷たい視線を送っていると、気づいたのか、目の前にあった肉を一気に口の中に押し込むようにして食べる。

 そして水を流し込むと、赤らめていた顔を戻す。

 「ご主人、オレはご主人の奴隷になれたことを誇りに思ってる。行き場も無いオレが処分されるのはもう決まってた、それで逃げ出してご主人に襲い掛かって、奴隷になった。奴隷にされるまではここまでの力は無かったんだよ。でも、ご主人は何のとりえも無いオレを買って、強くしてくれたんだよ。今だから言えることだけどよ、最初はご主人の事がにくかったけどさ、今は憎たらしいほどご主人のことを愛してる奴隷の一員なんだぜ!」

 そこまで言ってのけると、顔を赤くさせて席を立つ。

 早くこの場を逃げ出したいのか、早歩きでプライベートスペースのある讀賣のほうに行く。

「ここまで言ったんだだ。返事、部屋で待ってるからな」

 それだけ言うと、先ほどのようなはや歩きではなく、いつも道理歩き出した。 

 通り過ぎたレグリーの顔は、告白をされた讀賣同様赤く染まっている。

 「なんであいつがかわいく見えるんだよ」

 染まった顔を隠すように寝るように机に突っ伏す。

 「はぁぁ」

 顔に篭もった熱を流すようにため息を吐き出す。

 「いや、あいつが可愛く見えたわけではない、好意を向けられたから嬉しくて舞っているだけで、別に俺があいつの事を可愛いと思っているわけじゃない」

 事象を否定しようとすれば、嫌でもレグリーのことが頭に浮かぶ。

 ずっと野蛮だと思ってきたレグリーは何も感じなかったが、一回でも意識をしてしまった相手だ、否応でも美化をしたくなってしまう。

 「でもなんで俺は恋の相手を子供限定にしてるんだ?」

 今更な疑問で言い出した讀賣はあきれてしまう。

 「でも何で俺は子供しか愛せなくなった?」

 同い年にいじめられたから? 別にここじゃそれは関係はない。

 子供が無垢だから? 別に向くじゃないといけない理由はない。

 年上が嫌いだから? そもそもなんで俺は年上が嫌いなんだ?

 長年連れ添っていった思考が、すぐ論破されてしまう。

 こちらの世界に来てからの思考が衰退してもいる。

 「体に引っ張られているのか?」

 それもそうだろう。もしも約20歳の体に10年分の思考回路が入ってきたら、それはそれで大変だろう。

 記憶もそうだ。もしかしたら記憶が全て入ってきているから、その濃度を落として記憶を保管している。そしそうだとしたら、過去の戒めが薄れているのも納得が行く。

 こっちの世界ならば大人や同年代と恋をしても平気。それは戒めが薄れているからの思考なのだろうか、それとも異世界なら安心できるという心からの安堵なのだろうか。

 「別にそんな事はどうでもいいじゃないか。自分が楽できれば」

 ニート的な思考は健在なようだ。

 不美な笑みを浮かべたその顔は先ほどのおばさんにも匹敵するほどだ。周りにいた人たちの顔から血の気が引いていく。

 「あ、あの。ローフトビーフ丼が出来たから持ってきたんだけど」

 厨房のほうでは馴れなれしい方に分類されるマローニだが、多少引き気味だ。 

 マローニの声が聞こえた讀賣は、顔を左右に激しく振り先ほどまでの考えを消す。

 「ああ。ありがとう」

 「はいどうぞ」

 マローニから差し出されたトレイを受け取るために手を伸ばす。

 「あっ」

 伸ばしすぎた手が、マローニの手に触れてしまう。

 予想をしていなかったマローニは、呆気にとられトレイから手を離してしまう。

 だが、既にトレーを掴んでいたことで、落ちる心配はない。

 手を離してしまった事に気がつき焦った表情ロマーニをあやすような声で言う。

 「落ちてないから大丈夫だし、落ちたとしてもあまり汚れそうに無いから平気だよ」

 その声は抑えてはいるが、いつもより跳ねたような声だ。きっと枷が薄れ、美少女を前にして興奮をしているのだろう。

 「ならよかった、でいいのかな?」

 「ああ」

 讀賣は短く返すと、受け取ったトレーをテーブルの上におきマローニに微笑みかける。

 「なあ。お前さ、『魅了』使っているだろ」

 渡されたトレイに乗っけられていた中サイズのどんぶりの中に何枚入っているローストビーフをフォークで刺すと、ふと口に出した。

 「別に隠してるんなら言わなくてもいいけどさ……これ美味いな」

 魅了と聞いたときのマローニの顔から察した讀賣がフォローを入れる。

 そして食べた感想を言うと、マローニは私情を切り捨て営業スマイルを作り出す。

 「でしょ! それ、私のおなあちゃんの裏メニューなの!」

 「それ俺に教えちゃっても良かったのか?」

 「だって君、困ってたでしょ?」

 見透かしたような笑みで言う。

 あの時は讀賣も何を頼もうかと悩んでいた。営業目的で助けたと解っている讀賣でも、女性に興味を持ち始めた讀賣がマローニ対する感情に色を与えることは用意だ。

 久々に得た同い年やロリ以外の人間に対する好意に戸惑いを覚えた讀賣はただ出されたご飯を食べるという動作以外彼女の前で出来る事はない。

 「……ふふっ。私は戻るけど、ゆっくりしてってね、――讀賣くん」

 マローニが讀賣の名前を読んだ・・・瞬間、空気が固まった。

 「……お前。なぜ俺の名前を知っているんだ?」

 讀賣の疑問は当たり前なものだ。この世界で名前を教えている人物は、この世界に来てから二日目、数えられるほどでもあるし、かつ噂が広がるには早すぎる。もしも讀賣が魔王と戦った、とかならばきっと一日もたたずに有名になってしまうだろう。

 「こんなどこにでも居そうな人間、どう搾り出した」

 すこし声のトーンを抑えて放った一言は、場の雰囲気を険悪にするには十分なものだ。

 周りの人たちは片ついてもない食器をおきどこかに行ったり、残っているものを一気に口の放り込んだりと、早くこの場を去ろうとしている。

 「別に簡単な話だよ」

 さすがは人と触れ合う職業の人だというべきか、先ほどから二回、即座に纏える雰囲気を変え、その状況に合わせている。

 たったの二回、きっと誰しもが思うことなのだろう。だが、その完成度を見ればだれでも思うだろう。まるで人格が変わったのでは? と。

 すこし悲しげな顔になると、躊躇をしていたのか、硬く閉じていた口を開ける。

 「君がもっと魅了について調べれば解る事だよ」

 魅了。スキル名しか今の讀賣のレベルでは見ることができない。マローニはそれを見据えたように放ったのだ。そして魅了について絶対に触れさせるような状況を作り出してまで。

 すると興味が尽きたかのように顔を変え、その場から離れる。

 「それじゃあ、今度こそ戻るね。ニーキ君」

 「……やべぇ」

 行きかう人に時々隠れるマローニの姿を見つめながら声を漏らす。

 讀賣が握っている手の平には水滴が見えてしまうほどの手汗があり、どれだけ焦っていたかを知らしめる。

 手についた汗を服の裾で握るようにして拭うと、マローニが厨房に戻るまで見つめた。

 そして一言放つ。
















 「緊張しすぎてなんも聞いてなかった」

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