第32話

 裏口をくぐると、空間魔法が使われていると思うくらいな空間が広がっていた。

 そこはケルプと出会ったエデンに似ており、違うのは窓と椅子くらいだ。

 部屋に見とれていた讀賣に自慢をするように、おばちゃんが話し始める。

 「ここはすごいだろう。これを作るのにも時間やお金がかかったし、疲れもしたさ。でもねぇ、なんだかねぇ。これが完成したら、もう何もかも良くなっちまったんだよ。これを作る前はお金にガメついてたはずなんだけどね」

 おばちゃんは讀賣をイスに座らせると、そのまま台所に向っていく。

 「水とコーヒーと牛乳。どれがいい?」

 この世界にもジュースは無いものの、そういう基本的な飲み物はあるらしい。

 ギレーヌによると、全部魔法の力で行っていて、比較的供給度の高い飲み物らいい。

 そのかわり、お茶などはこれまた作るのが難しいらしく、値段が他の飲み物よりも高い。

 なぜギレーヌがここまで博識なのかと聞くと、知り合いに学者の大人がいつも自慢のような話をしてくれていたそうだ。

 その頃は何も疑わずに突いていっていたが、ある日突然研究費量が足りなくなり、ギレーヌを売ったらしい。

 結局今でも成功はしておらず、学者としては未だ無名のままりしい。

 「コーヒーをお願いするよ」

 「わかったよ」

 すると途端に魔力がもれるようなものに気づき目を向ける。

 台所のほうでは豆を煎っているのか、何かの機械に魔力を注ぎこんでいるおばちゃんの姿が見える。

 おじさん同様に、魔力の扱いには長けている。

 ある一定の場所に魔力を注ぎ込むのは、ギレーヌが変なペンダントに魔力を注ぎ込むときに手間取っており、常人では難しくあまりその機能のついた機械はあまり多様しないらしい。

 魔力を注ぎ込み終わったのか、今度は一番上にあるハンドルを回し始めた。

 機会の外用は、二本とはあまり変わりはなく、讀賣でも簡単に使用する事が出来るようで、讀賣は現在あの機械を買おうか迷っている。

 幸いお金は余るほどある。もしもそのお金がすぐに無くなるのならば、きっと讀賣は二本で生きていけなかっただろう。

 ハンドルを回し始めてから一分弱、下の方にある引き出しを引くと、そこには見慣れたインスタントのコーヒー豆がある。

 コーヒー豆といっても、よく市販されているビンに入った砕かれているものだ。

 「甘いほうがいいかい?」

 「そこはおばちゃんのお勧めで」

 面白げがなかったのか、活き活きとさせた口角が返答を聞いた途端に下がる。

 しばらくすると、元気が戻ったのか、お湯を注ぐ音が聞こえる。

 香りが漂い、急にこちらの世界に来てからの緊張を解すように落ち着かせる。

 「いい匂いだ」

 「そうだろう」

 またおばちゃんは自慢げに言い放つ。

 口角を上げニヒルと笑う。

 この場所は普段はおばちゃん一人だ。

 おじちゃんはこの宿屋に返ってくる頻度は長く、きっとこの部屋で一緒に寛いだり、自慢話を出来る相手が居なかったのだろう。

 コーヒーを入れる音はいつのまにか止まっており、注ぐお供聞こえる。

 「本当におばちゃんのお任せでいいんだね」

 「はい」

 短く返す。

 その返答には全くもって意識がなく、上の空だ。

 今現在讀賣が全意識を注いでいるは、おばちゃんが手に持っている小さなビンだ。

 「やっぱし無糖でお願いします」

 「……分かったよ」

 するとおばちゃんは途端で体を讀賣のほうに向け、讀賣が飲むものであろうコーヒーカップを隠す。

 ごく僅かな音だが、ビンのふたが開けられる音がなる。

 手をすこし上に上げるような動作をおばちゃんはすると、小さなスプーンを手に鳥かき混ぜる。

 コーヒーカップはさすがに木製だ。金属独特な高い音はならず、コツコツというこことの良い音が鳴る。

 何かの細工を終えたのか、体をずらしビンを井戸のような浅い穴に投げ捨てる。

 割れる音がするが、それを気にする様子はせずにコーヒーをこちらへと盛ってくる。

 「はいどうぞ」

 細工をしたであろうカップは、すごく薄くだが、透明なオイルの膜が張られてある。

 「ああ、ありがとう。ところでさ」

 貰ったコーヒーカップを反対向きにして零す。

 中に入っていたコーヒーは重力に逆らわずに落ちてゆく。

 こぼれたコーヒーが足にかからぬようにイスの下に引っ込める。

 「俺のコーヒーに何を入れたんだい?」

 床に落ちたコーヒーは、独特な黒っぽい色から一転し、黄色に変わり床を燃やし始める。

 焦げや匂いなどは一切とでない。だが熱さなどはあり、火ということを認識させるようだ。

 「なるべく自然にやったはずなんだけどねぇ」

 燃えている火を消すように踏みつける。

 足に燃え移る、何てことはなく、スライムの様に消えた。

 慣れているような手つきで火を消し始めるおばちゃん。

 「これは無力化用火炎瓶、の中に入っている粉さ」

 予備の様に持っていたのか、エプロンのような上着のポケットから二つ同じようなものが取り出される。

 讀賣はビンを受け取りと、ゆっくりとビンを開けようとする。

 「すこし痛いで!」

 手に持たせたビンごと讀賣の顔面を殴る。

 「ぐぁ!?」

 先日おじさんを飛ばした事あたりで予想はしていた讀賣だが、不意を突かれると、何もできない。

 力任せの技だ。ただの殴り。だが、それはステータスが低かったらの話だ。

 小太りのおじさんを吹き飛ばすほどのステータスが、それより体重が軽い讀賣が一気に飛ばされる。

 殴られた拍子に口の中に入ったビンを必死に取り出す。

 「――っな!?」

 既に外れかけていた栓だ。口の中に入ったときに外れてしまったのだろう。取り出せたのは空のビン二本だ。

 中に入ってしまった粉を吐き出そうとするが、喉に入れば必然と水分が馴染む。

 水分に触れてしまった粉が吐き出せるわけも無く、ただ虚しく咳きが出るだけだ。

 「あ、つい!」

 無力化用火炎瓶の粉が、口の中に入った衝撃で火を噴き出す。

 この火自体には実体はない。ほぼホログラム同義のようなもので、触れることが出来ない。

 だが、予想もしていない刺激に焦りが生じ、掻く出すという手段を試みてしまった。

 口の中に手を入れて何かを掬うように手を動かす。

 「アゥ、ガッ、ハッ!?」

 そんあことで取れるはずも無く、逆にもっと奥へと入ってしまう。

 「そんな大きな音をださないよ! 別に燃えているわけじゃないんだ。ただ熱いだけさ」

 子供を落ち着かせるようにいうが、讀賣には聞こえない。

 讀賣は善良な市民だった男だ。拷問など受けたこともない。過度なイジメはあったものの、これほどまで日常離れしたものではない。

 「くっそ!」

 一気に走り出し、おばちゃんを通り過ぎる。

 目指す場所はコーヒーサーバーだ。幸いにも砂糖は使われてはいない。運がよければ火を消せる可能性がある。

 コーヒーサーバーを手にとると、一気に口に流し込む。

 「ない!?」

 だが、それにはコーヒーは一滴も入っていなかった。

 「ああぁ、熱い!」

 痛みのあまり意識が朦朧とし、足から崩れ落ちてしまう。

 何かないかとキッチンのような台にしがみ付き何かないかと当たりを見渡す。

 だが、そんな余裕はすぐになくなりなく、意識を失ってしまう。

 ドサっと気を失い倒れこんだ讀賣を抱きかかえると、椅子に座らせる。

 「手荒な手段でごめんな。でも冒険者本部の人間としては本部にデータがない強い人は警戒対象でね、冒険者第二支部の責任者のおばちゃんの警戒対象に入っちゃったからねぇ」

 ひとりでに喋りだすと、どこかから持ってきた紐で讀賣の事を拘束した。

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