第29話
爆発のせいで、床や天井、はたまた氷が飛び交う宿屋の一角で、おじさんはなんの構え、おせずに突っ立っていた。
だが、何故か危なげは無く、その証拠におじさんに向って飛んでいった破片などは、当たる前に何にぶつかって砕けたり、何かに阻害され軌道を逸らされたりと、とにかく彼の周りには一切の殺傷物がない。
「取り合えず、
口角を上げ、手を見せる。
おじさんがそんな似合わない事をした途端、緊迫最多雰囲気が一気に緩む。
讀賣もそれにつられ魔法を発動するのをやめてしまうが、黒鷹が逃げようとするのが目に入ると、すぐに発動をしる
「ああ! なんだか分らんが助けてくれるのは助かる!」
魔素を変換するときに怒る気力の衰退を跳ね除け叫ぶ。
「いいねぇ。おじさん、もうちょい頑張っちゃうよーん」
若干オネエが入っている口調で言うと、手を握り締め、讀賣に向って突き出す。
おじさんがその手に魔力をこめると、肩の方からなんらかの仕掛けが施された魔法陣が下ってくる。
それを見たルーネが目を見張る。
「おじさん! 発動できた途端に魔力権をニーキさんに移してください!」
魔力権、魔力を消費するに当たって、それが
常識ならばその消費は
讀賣が発動している魔法は、傍から見ても魔力のそれじゃない。もしも魔力だとしても、あれだけの魔法を常人の魔力強度ならば一発どころか放つ前にオーバーして腕が潰れるだろう。
その事を理解はしていたのかすぐに返事をする。
「分かってるさ。あんな魔法、俺が代弁できるはずもねぇ」
すこし怯えた声で言うが、顔は裏腹だ。
ルーネは年齢は低いが、世界からしても上から数えたほうが断然に早い、しかも焼却魔法のエキスパートだ。それほどの人すらも放つ事の出来ない魔法だ。一般人の目に入る事はまずないだろう。
そしておじさんは魔法を使うあたり魔法士だ。これほどの魔法を前に興奮をしないわけはないだろう。
「出来たぞ! 今投げるからそれを受け取れ!」
おじさんの腕には先ほどまで肘くらいまでしか降りていなかったが、いつの間にか手の先まで来ていた。
そして掛け声と共に投げる動作を行うと、飛んでくる破片や、爆発などを避け、まるで直線をデタラメに折り曲げたような機動で飛んでゆく。
それは讀賣に当たるほどの勢いだったが、途中で急停止をし、讀賣の周りを徘徊するように宙を飛ぶ。
「これ以上はお前さんの爆発で近づけん! 絶対に何かに触れないように何とかしてとってくれ!」
どうやら近づけないのは、讀賣が放つ爆発のせいらしい。
これまで破片などを慎重に避けていたのは、先ほどの一言でわかるように、何かに触れてはいけないらしい。
「わかった!」
讀賣が返事を返すと、一瞬だけ爆発が止まる。
その隙に格子を突き破ろうと一気に足に力をこめるが、またしても遅かったらしい。
讀賣の手には既に魔法陣があり、そして魔法の発動体制に入っていた。
このままでは黒鷹は移動している最中で爆発に巻き込まれてただではすまないだろう。
それを察ししたのか、発動される魔法に防御体制を取る。
「冷静な判断、それがあだとなったな。焼却
魔法陣を手にしたまま魔術を放つ。
先ほどまでのとは違い、中心から一気に爆発にも似た炎があふれ出す。
発動地点は讀賣の目の前に幾つも展開されてある魔法陣からで、その一つ一つから一気に噴出している。
魔術を発動したが、未だ讀賣の手元には魔法陣がある。
讀賣はそれを何回も見つめるが何も起こらない。
あれほどの魔術を発動しながらだと、流石の讀賣も維持が出来ないのか、諦めおじさんに聞く。
「おじさん! これどーやって使うんだ?」
するとおじさんもわからないのか頭を掻き呻り始める。
魔法陣の形はしっかりとしている。それから見ても初心者というわけでもないのに、何故だろうとルーネは首を傾げる。
最悪ルーネに効けばいいかと思っていた讀賣だが、何故魔法を習得している人間がわからないのに、ルーネが分かるのかと思考を切り替える。
悩んで悩んでも使用方法がわからなかったのか、おじさんはなげやりな感じで答える。
「根性じゃね?」
「は?」
讀賣の腑抜けた声がこの空間に走るが、その声が自分自身の脳に冷静さを与えた。
先ほどまでのように、何かに触れてはいけない。だが、服には振れていた。
ならば、殺傷性のある物に触れたら魔法が発動するのでは。
冴えた脳が一気に答えを出す。
もし触れたら壊れる物で、何かに当ててはいけないとしているのではないか。
同時にリスクも出てくる。
だが、讀賣にとってはリスクはそこまでない。このままでは押し切れない事はない。ただ時間がかかるだけだ。
ならばするしかないだろう。
「男は一に根性二に勝負だぁ!」
雄叫びと共に振りかぶった拳は、重い音を立て讀賣の胸に当たる。
そして小さく高い音を立てて割れた魔法陣は、その欠片が集まるようにして腕にくっつく。
「おお! やれば出来たじゃないか、お前さん」
「ああ、感謝するぜおじさん。もっと魔素をぶち込むぞ!」
決意のしらしめとして叫ぶと、大気中の魔素を一気に変換し、陣を増やす。
その陣を見て黒鷹は、いや、この場にいた人間は全て声を上げた。
讀賣も自分自身でも驚いているのか、魔法を放つのをやめようとするほどだ。
「黒鷹! 避けろよッ!」
讀賣の目の前を覆うほどの無数の魔法陣が光を上げる。
「や、やめッ」
――ゴゴゴッ!
黒鷹の絶望の声が流れるが、空気を燃やす炎の音にかき消される。
低い音を立てながらあふれ出してきたのは、無数の炎が合体した極太の円環だ。
ルーナが放った輪焼非離の何倍もあり、横に放たれた光線は床を削り、一階にいる人たちが窺えた。
だが炎は止まる事を知らずにあふれ出し、黒鷹が必死に発動している防御結界が炎を書き分けているが、既にそれもヒビが入り始めている。
後ろにいるルーネは、疲れ果てて倒れてくるリーナを抱きかかえながら唖然としている。
「あれは、本当に魔法、なの……?」
ルーネが驚くのも無理は無いだろう。魔法はせいぜい加護を受けるだけだ。そしてこの世界には魔法を使う者は何万という。
だが、魔術は違う。
先ほど讀賣が読んでいた本には魔術というものが記されていたが、魔素の変換に消費する魔力量が大きすぎるため、その担い手が現れずに現在は誰も知らないものだ。
誰も知らない分、誰も使う人がいない。そのおかげで、この世界には魔素が溢れるほどに漂っているのだ。
ならばその魔素を存分に使えば、加護なんてちっぽけなもの、余裕で抜いてしまう。
そしてかつ、それに並ぶ物を見たものはもういない。
驚かないわけが無いだろう。
それは黒鷹も同義だ。
得体の知れないものに襲われているのだ。冷静な判断が出来るわけが無いだろう。
きっといつもの黒鷹ならば、何重にも魔力の層を貼り、一気に魔力結界を展開させ、何重にもするだろう。
だが、今発動している魔力結界は一枚だ。
ピキピキと音を立ててヒビが入る結界に首を振るが、讀賣が止まるわけはない。
「おしまいだ」
そう言い、今までは後ろに隠していたもう片方に腕を出し、煉獄を発動させる。
「やめてく――」
一気に音を立てて魔力結界を破壊し、身を焦がす。
既に気を失っているのか、それとものどが焼けたのか、一切と声をあげず、焦がされている。
「このくらいか」
そう呟くと魔術をとめる。
讀賣の狙いはあくまでも黒鷹を無力化するだけだ。それに殺してしまっては、誰の贈り物かもわからない。
「おーい、生きてるか?」
燃やされずに残っていた柱の裏からは、先ほど
足元に転がる木炭を足でどかしながら黒鷹に近寄ると、いつの間にか手に持っていた紐で黒鷹の手足を縛る。
レグリーは黒鷹の主人かと思ったのか、リーナが捨てた剣を取る。
「レグリー、やめろ」
「あぅ」
叱られた子犬のようにしょんぼりとすると、急に下から怒鳴り声が響き、そして近づいてくる。
「あんたたち! なに人の宿壊しちゃってんの!?」
跳ぶように走ってきたのは、この宿屋の主人だ。
顔を真っ赤にさせて上ってくるや否や、おじさんの事をぶっ叩く。
重い音を響かせる叩きは、その音からも想像がつくようなほど強力で、80キロとありそうなおじさんを糸も簡単に弾き飛ばした。
それよりも衝撃だったのが、叩かれた本人が笑顔でいることだ。
80キロもありそうな重量が跳ぶほどの威力だ。当たったときの衝撃は想像も出来ないほど強力だろう。
後ろに居る皆は気持ち悪いと身を固め、讀賣のその光景に口を開け唖然としている。
だが、すぐに意識を戻し、おじさんの仕業ではない事を訂正しようとする。
「あ、あの! これをやったのは自分なんですかど」
「いま私が怒ってんのは、この馬鹿旦那がとめに行ったのに、余計に自体がひどくなった事だよ! あとであんたに修理代、要求するから金用意しときな!」
フンっと鼻を鳴らすと、おばちゃんはおじさんの耳を引っ張り下に降りていく。
今讀賣の意識の大半を占めているのは、修理代ではなく、あんなおじさんにも奥さんがいたということだ。
「まあ前世とは違うから、人の好みも前世みたいにひどくはないのか。」
やっぱりお金は怖いなと心で熱唱すると、魔法で鉄を作り出す。
黒鷹の近くに行くと、おじさんが撒いた紐のように巻く。
あの紐では黒鷹の力には耐え切れずに破かれ、夜なり暗い時間帯などに脱走されてしまう。だが、この紐なら先ほどの格子と同じ材料だから大丈夫だ。
「これでよし!」
鉄の紐を巻き終えると、一仕事終えたように出てもいない汗を拭う。
「なあギレーヌ」
後ろに振り返る。
そこには魔力などによって汚れた地面、飛び交うレグリーやリーナ、魔法を放ったルーネのせいで荒れたベッドや置物、はたまたクローゼットなどが目に入った。
今度は目から汗が流れ出し、ギレーヌに助けを求めるように言う。
「これ、どうしよ」
帰ってくるのは、外れた窓から通る風の音と、一階で怒っているであろうおばちゃん、いや、主人の声だ。
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