第26話

 ボロボロと棺から氷の欠片がはじけ飛んでゆく。

 ありえない、黒鷹の脳裏にはこの言葉が駆け巡り、ならばもっとと魔力を注ぐ。

 前に突き出して手には魔力の放出量が魔力強度以上だしたときに見られる赤い鎖のようなものが浮き出る。

 「くそ! なんで、何で壊せる!?」

 魔力を注ぐも意味を成さない。ただ氷のかけらが地面に跳び散るだけだ。

 溶けてもいない氷は水蒸気になるのは時間が掛かる。時間が進むにつれ氷が崩れ、自然治癒はあってないようなものと化している。

 「……」

 「ねえレグリー。何か聞こえない?」

 「――ッご主人の声だ!」

 人間であるリーナですら感じることができた声。狼人であるレグリーが耳を済ませば聞こえない事はない。

 「いい加減死んでくれよッ!」

 祈るように魔力を注ぐ。

 魔力を出しすぎた腕からは、皮膚が潰れ血が溢れている。

 だが、黒鷹は魔力を出す事をとめない。

 きっと黒鷹の立ち位置になった人はこの光景のことをこう答えるだろう。

 奴は魔王、だと。

 「くっ、そ! もっと出せるはずだ、いいから出せ! 私の魔力は私の制御の元になれよ!」

 格子に腕を叩きつけては魔力をだす。その光景はあまりにもいたいたしく、ギレーヌは目を逸らしている。

 ガンガンとぶつける腕から飛び散った血の一滴が、棺の亀裂にかかる。

 その一滴は氷の欠片と混じり、蒸発し、棺に戻る。

 その血液は、溶けた氷と分裂することなく、棺へと戻っていく。

 この時、黒鷹は気づいていなかった。いや、気づけなかった。

 氷の棺に不純物が紛れ込んでいるという事に。

 ――ッバン!

 空間がはじける。

 はじけた空間は、氷が位置する場所だ。

 はじけるのは一度ではない。

 二度、三度と次々とはじけていく。

 ――ッパリン!

 棺の天辺に位置する氷が弾け飛ぶ。

 その氷は黒鷹のほうに飛んで行き、格子で弾かれる。

 「よっしゃ! あとは頼んだぜルーネ!」

 「はいっ!」

 突然と雄叫びを上げ、何かをルーネに頼む。その勢いに増さぬ劣らぬな気合で返事をすると、握っていたギレーヌの手から、この宿屋に来るまでに拾った木の棒を持つ。

 それを杖にように持ち、飛んでいった氷に向けると、目を瞑り詠唱を始めた。

 「我が真紅の血に反応するは、我が精霊。その冠にささげる迸る炎の卓令を持って、己が望む願望を託せ。炎をわが身に纏わせ、前立ちはだかる敵を焼かん。最上級魔法、焼却魔法第十三番、輪焼非離!」

 飛んでいった氷の周りに赤く濁った輪が敷かれ、突然とそれを打ち上げるが如く爆炎があふれ出す。

 天井まで届いた爆炎は燃え移ることなく吹き飛ばし、落ちた塵すらも燃料と化す。

 「もう……だめッ」

 魔力強度の値を過ぎて魔法を使ったのか、黒鷹同様鎖の刻印が腕に成される。

 突然に威力を収めた爆炎は、太い円環の爆炎ではなく、小さい線にも満たず、天井にも届きそうにないほど小さくなっている。

 「ルーネ! もう大丈夫だ!」

 レグリーが伝えると、糸の切れた人形の様にギレーヌに倒れこむ。

 「よく、頑張ったね」

 ギレーヌがルーネの頭を一撫でしそう言うと、小さく頷き、完全に意識を落とす。

 だが、ギレーヌはルーネの心配をせず、ただ讀賣のほうを見つめる。

 「クソが! いいからとっとと魔力をだせぇ!」

 先ほどから血眼で腕を格子に叩きつけている黒鷹は、なにが起こっているか、そもそも何かしているのか程度の認識で、讀賣が企んでいる事には気づきもしない。

 そして、ルーネの魔法のおかげで上はついた氷が、棺へと戻っていく。

 不純物である血は、なにかの意思を持っているように、何かの規則性を持っているかのように何かの模様を象っていく。

 そして線と線が結び合うと、魔力があふれ出す。

 「な、なんだ!?」

 突然の魔力の出現に、魔力を出す事に必死になっていた黒鷹でさえ気づき、声を上げる。

 「なんで、魔方陣が出来てんだよ」

 そう呟いた瞬間、空間を重圧するようなほどの魔力が氷の棺から醸し出される。

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