エピローグ4話

 クランの研究所に着いた後、二人はかつて皆で過ごした部屋の床に座り込み、クラリスのメンテナンスを行う。その場には、夕食を調理するエステルと、その手伝いをするリリア、床でぺたっと大の字になるクロムの姿があった。

 重傷の結果、絶対安静を余儀無くされていた時期に、明里はクラリスに続いてエステルやリリアの構造図や仕様書等々をひたすら読み込み、全て頭の中に叩き込んだ。

 そして殆ど治りかけていた頃、魔法の研究で籠りきりになったクランに代わり、リバビリの意味合いも込めて、二体と一人のメンテナンスを明里が受け持っていた時期があった。

 その際にはエステルが助手となり、少しずつ明里は腕の感覚を取り戻していった。

 リリアやエステルのメンテナンスに失敗し、大変な事態になった事も何度かあったが、最終的に明里は全員のメンテナンスを一人で受け持つ事が出来るようになるまで成長を遂げた。


「あんまり異常は無いみたい……あっ、ちょっとここ緩んでる……」


 明里は、起動したままクラリスの後頭部を開き、パーツの一つ一つを確認して、摩耗具合や緩みを確かめる。

 かつては人間ではなく機械人形である事実に絶望し悲しんだクラリスも、今ではそんな自分を受け入れられるようになった。

 意識があるまま後頭部を開くのは、明里とクランにだけ許している事だが、心から許しているのは明里にだけである。


「なんだか、こんな状態で何も思わなくなったのが不思議に感じるな」


「えっ、どうしてですか?」


 クラリスは、かつての自分を思い出し夢想しようと一瞬上を向こうとしたが、明里の手元が狂ってはいけないと咄嗟に考え、そっと目を閉じた。


「私が自分の事を機械の塊だと知ったときは、本当に信じられなかったし、信じたくなかった。とても苦しかった。それが今では、こうして明里に頭の中を直してもらっている」


「……確かに、そうですね」


 明里も同様に、そっと目を閉じて、当時の事を懐かしむ。

 明里には、巻き込まれながらも必死に奔走した時の事が、つい最近のように思えた。


「……私に何かあったら、その時はまたたたたた……」


「へっ?」


「頭部に損傷が確認されました。システムチェックの為、人格を一時停止しししし」


 突如クラリスは無表情になり、エラーのような挙動をし始める。

 明里は、目を閉じた瞬間にどこかミスをしてしまったのではないかと冷や汗をかいてすごく焦る。


「ああっ!? 手元狂っちゃったかな……えと、ええと……ごめんなさーい!」


「ふふ、冗談だよ」


 クラリスは、何事もなかったかのようにケロっとしていた。

 明里は全身の力が抜け、へろへろと情けない声で安心した。


「く、クラリスさ~ん……」


「すまなかった。自分の身体がよく理解できるようになってから、ちょっとこんな冗談をやってみたかったんだ」


「冗談のレベルが高すぎですよ……」


 そんな二人の間だからこそ許されたようなやり取りを見て、クロムが視線を向けて思っていた事を喋る。


「……なんか、二人とも、出会った、時と、本当に、変わったね」


「そう?」


「うん、特に、クラリス、さん」


「確かに、前はこんなこと言う人じゃありませんでしたよねー」


 とても珍しいクラリスの自虐的な冗談に、二人はここぞとばかりに弄りだす。

 そんな言葉攻めの応酬に、クラリスは顔を真っ赤にして震え出す。


「うっ、うるさい!! 私だって冗談を言ってみたくなる時だってある!」


「あっ、恥ずかしくなるとここがよく動き出すんですね」


「私の頭の中を冷静に分析しないでくれ!」


「リリア、さんは、どう? クラリス、さんは、冗談、言ってたり、した?」


 実の妹がどう思っているのか気になり、クロムは手伝い中のリリアへと話を振る。


「クラリス様が冗談ですか? えっと……」


 リリアは、設定された過去の言動を参照し、そこからそれらしい答えを返す。


「あまり冗談を言う人ではありませんでしたね……むしろ堅物で、他の方からのそれを真面目に返してたり……」


「あーあー! それ以上言わないでくれー!」


 一つの思い付きからとんでもない広がり方をして、クラリスは途轍も無く恥ずかしくなった。

 メンテナンスを終えて、明里はそっとクラリスの後頭部を閉じる。

 その後のクラリスは、苦行が過ぎたかのような疲れた表情をしていた。


「あ、あの、クラリスさん……ちょっと言い過ぎました……」


「ううん……大丈夫……私は……気にしてない……」


 どんよりとした二人の空間が形成される中、クロムがエステルの調理作業に注目する。

 時計を見ると、何時もならば既に調理を終えててもおかしくない時間だったが、この日のエステルは妙に時間がかかっている。

 既に完成した品を確認すると、ミートボールの山やフライドポテト、シーザーサラダ等、まるでパーティー向けに作られたようなメニューが並んでいた。


「エステルさん、今日って、何か、ありましたっけ?」


「ハイ、本日ノ調理ヲ始メル直前、孝太郎様カラ多クメニューヲ作ルヨウニト依頼サレマシタ」


「孝太郎、から?」


 なぜ孝太郎からそんな依頼がという疑問が浮かんだ次の瞬間、バンと大きな音をたてて、入り口のドアが開かれた。

 その場にいた全員が驚き、反射的に音がした方向を向く。すると、両手で支えるサイズの白い箱を持った孝太郎が突然乱入してきた。


「オッスみんなーー!! 良いもの持ってきたッスよーー!!」


「こ、孝太郎さん!?」


 噂をすればとはいうものの、予想外の訪問者に、その場にいたエステル以外の全員が驚く。

 明里はすかさず、なぜ何の予告も無くやってきたのか質問する。


「い、いきなりどうしたんですか? そんな大きな箱も持って……」


「へへへ、よくぞ聞いてくれたッスね。ちょっと思わぬ幸運とか色んな事があったんで、今日はそのお祝いとして……じゃーん!」


 孝太郎は手に持つ箱の上部を放り投げる。

 すると、その中から現れたのは、いくつもロウソクが立てられた巨大なケーキだった。


「避難してた人達が無事戻ってきて、そしてあの日からみんな何事も無く生きてて、それだったら祝わないわけにはいかないっしょ!」


「そうだよ明里!」


「私達も来ちゃった……」


 ケーキを持ったチャラ男の背後から、つい数時間前に道案内したばっかりの千恵と咲希が、ひょっこりと顔を出した。


「ええっ!? なんでいるの!?」


「なんでいるのって失礼でしょー!」


「えっとね、ちょっと飲み物が欲しくて買い物に行ったらこの人と出会ってね。怖い人かなーと思ったら、明里ちゃんと知り合いだって聞いたの。それで、この後明里ちゃんのとこに行くからって言うから着いてきたの」


「へぇー……ここが話してた、首取り外して無理矢理連れてこられた場所かー」


「あー! 言わないでー! 引かないでー!」


 千恵は、道中の過去話を蒸し返し、明里が慌てふためく姿を見て楽しむ。


「大丈夫ダヨー、コンナ怖イ子ダッタンダナンテ思ッテナイヨー」


「ソウダヨー」


「嘘つかないでよー!」


 僅かな時間の間に、弄りの集中砲火を浴びて顔を真っ赤にした人物が二人も生まれてしまった。


「さてと、もう料理は出来てるッスかー?」


「ハイ、タッタ今終了シマシタ」


「おっ、グッドタイミング! さて、後は……」


 孝太郎はテーブルの上にケーキを置いた後、周囲を一通り見渡してから明里に質問する。


「明里っちー、クランさんどこにいるか知ってる?」


「えーと、その扉の奥ですね」


 全員を揃えてパーティーを始めたいと思っていた孝太郎は、最後の一人を呼び出すために、指差された扉の前へと立つ。


「この先かー……せーの、クラぶふぇ!?」


 大声で名前を叫ぼうとしたと同時に、突如扉が開き、中から大量の煙が吹き出した。

 それをモロに浴びた孝太郎は、煙の圧力に押されて背中から倒れた。


「あーすまん。ちょっと実験しようと思ったら煙を出しすぎた」


 しまったと言うように頭を掻きながら、白衣のクランが煙の中から現れた。

 そのまま調整室から出ようとすると、爪先に何かが当たるような感触を覚える。


「ん? ああ君か。煙で見えていなかった、すまない」


「あ、ああ……大丈夫ッスよ」


 煙が晴れ始め、中から孝太郎の姿が見え始める。

 すぐにこうなったのは自分のせいだと察したクランは、軽く謝罪の言葉を呟いた。


「ところで……なんでこんなに賑やかなんだ?」


「あ、あはは……」


 クランが加わったところで、ケーキを中心にして調理済の料理がテーブルの上に揃えられ、盛大なパーティーが始まった。

 長いこと明るく騒ぎ楽しむような出来事が無かった明里と、製作されてからその様な事を体験した事が無かったクラリス達。そしてこちらの世界に来てからアニメや漫画で見たことはあっても、実際に体験するのは初めてだったクロムは、この豪勢なパーティーを心の底から楽しんだ。

 戦いばかりでモンスター達に怯え続ける日々を過ごした明里達にとって、このパーティーは日常を取り戻したその証ともなった。それは、悪夢のような日々に終止符打つ事が出来たという証左でもある。

 突発的なパーティーの片付けを終えた後、その場にいたみんなは疲れ果て、研究所で泊まることとなった。

 皆はそれぞれに風呂に入り、クランが面倒臭そうに用意した衣服に着替え、布団を敷き、それぞれ思い思いに寝静まった。

 そして、全員が眠ったところで、明里とクラリスはこっそり壁側に移動し、寄りかかって隣同士で寄り添うような形を取る。

 眠るみんなを見て、ほっと安心したような一息をついてから、明里が口を開く。


「……本当に、終わったんですね」


「……そうだな」


「やっと戻ってきた……私達の日常が」


「……私はその日常を知らない。その時、私は生まれてもいなかったからな」


「だったら、これからはクラリスさんも一緒にいるからもっと楽しくなりますね」


「……明里」


「はい?」


「私は、明里と出会えて本当に良かったと思う。自分が作られた経緯を思うと少し複雑だが、それでも、この……短い間の『人生』は代えがたい」


「それは……私も同じです。今だって、父さんや母さんの事を考えると胸が苦しくなります。色んなものを失った。でも、出会いもあった。壊れても直ればいつかまた……何かがある」


「……もしいつか、私が壊れても、その時まで一緒に居てくれるか?」


「――クラリスさんは壊れませんよ。私が治しちゃいますから」


「……ふふ、愚問だったな。明里、これからもずっと……よろしく」


「もちろんですよ、クラリスさん」


 二人は肌をお互いに寄せ合い、幸せそうな表情で眠りについた。


* * *


 そして、それからさらに十年の月日が経つ。

 東京は崩壊した時の面影は消え、すっかり元通りの首都の姿を取り戻した。

 しかし、当時よりも大きく様変わりしたのは、人々が魔法を使えるようになった事である。

 ベルアとの戦いで、クランが地下鉄へと大量に流し込んだ魔力。それは予想外にも残留し、残り続けているそれが地下を走る電車の中、または駅のホームにいる人々に影響を及ぼし、一人、また一人とネズミ算式に魔法を使える人が増えていった。

 大混乱一歩手前で、その使用法を解析した上で詳しく知っているクランが、国を巻き込んだ事業に乗り出し、その使い方を指導し不安を取り除く。

 その結果、クランは一躍超が付く程の大富豪。日本は一挙に一大魔法国家への道へと歩むこととなった。

 その中で、モンスター達が送られてくる異界の住人達と交流し、関係を築こうという計画まで発足。既にその技術を確立していたクランが、さらなる研究材料を求めて喜んで協力に乗り出した。

 そして、何十何百の失敗を重ね、ようやく異界と安定して繋がる門が完成。代表者を選考し、その者を使者として送る計画が進められた。



 辺り一面に広がる大草原、草が激しく揺れる強くも爽やかな風、透き通るような美しい青空。東京のコンクリートジャングルとは正反対な風景に覆われたこの場所に、二人の女性と一人の少女が立っていた。


「うわぁ……こんな光景、写真でしか見たことない……」


「私も、こんな美しい場所に足を踏み入れられるとは」


「懐かしい……空気が、気持ちいい」


 一人は、使い込まれた様子が随所に見られるリュックサックを背負い、一人は、風になびくような長い金髪を持った美しい女騎士。そしてもう一人は、ワンピースを着た黒髪の美少女。

 リュックサックを背負った女性の背丈は、金髪の女騎士より少し低い程度ではあるが、不思議と、背中からでも強い意思を思わせるような雰囲気が漂っていた。


「ところで、ここが何処だかわかるか?」


「うん、一度、通ったこと、あるから、案内は、任せて」


「……着いてきてもらって正解だったな」


「いきなり道に迷ったらどうしようかと思った……」


「あたしは、久しぶりに、帰りたかった、だけ、なんだけどなぁ」


「まあまあ、一応問題なければ自由に行動していいとは言われてるし、折角だから一緒に楽しもうよ! 私も、こっちの機械を解体してみたいし」


「……ふふっ」


「はぁ……本当に昔から変わらないな」


「二人も変わってないと思うけどなぁ。特に見た目とか」


「あたしは、姿を、自由に、変えられる、から」


「私は、まあ……機械だからな」


「ちぇ……」


「さて、無駄話はこれくらいにして、そろそろ行こう」


「……そうですね、それじゃあ知らない世界の知らない街へ出発ー!」


 三人は新たな世界での一歩を歩み出した。

 全ての日常を壊された少女と、無から生まれ、生を一度否定された女騎士は、時を経て、歩んできた仲間と共に新たな可能性を繋ぐ架け橋となる。

 二人の時は動き出し、これからも世界と共に前進し続ける。

 例えバラバラになろうとも、それは再び形を成し、消える事はない。

 これは、二人で一つの『少女』が歩んだ、解体し壊され、治し直される日常の物語である。

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