エピローグ3話

 ベルア討伐から、そして人々が戻り始めてから、明里達の周りでも様々な変化が起きていた。


「マスター、食事ノ準備ガ完了シマシタ。本日モ室内ニテ食事ヲ行イマスカ?」


 エステルは、上半身と下半身が分断されるも、損傷自体は致命的な破損は無かったために、残された部品を使って元の状態へと修復する事が出来た。

 修復されてからも、これまでと同様にクランのお世話をするお手伝いメイドエルフロボットとして従事している。

 不老長寿のエルフのように、これからも長く、容姿も変わらず若いエルフの見た目のままでクランに尽くすだろう。いつか壊れ逝くその時まで。


「さて、腹ごしらえの後で十分程休憩を入れてからの再開とするか」


 藤堂クランは、製作したロボット達の修理に追われた後、居候達の世話をしつつ魔法と魔力の研究にひたすら没頭し続けている。

 手のひらから魔法の煙を出し、自由自在に渦巻きやサイコロと、次々に形を変えながら思考を巡らせる。


「奴は私の記憶を読み取ろうとした時に違和感を覚えていた。あの後の行動や明里達の証言から、おそらく読み取れる範囲が狭まっていたんだろう。奴の身体能力が著しく低下したのも同じように魔力が切れたから。だったら魔力は使用者の能力を底上げするだけの物なのか? しかしそれでは、私がこの力を使える説明にはならない。もしかしたら、私にもベルアの魔法が使えるのではないか……ふふ、疑問が尽きんな」


 クランは、コップに注がれたミックスジュースとスポーツドリンクを混ぜ合わせた特製ドリンクを、椅子に体重を任せながら飲み干す。

 そして、椅子ごと身体の向きを変え、いくつもの太い管に繋がれた巨大な鋼鉄のカプセルへと視線を移す。


「私の研究には終わりが見えんな。なあ、異界の迷惑者」


 そのカプセルからは、膨大な量の魔力が絶えず供給され続けた。

 後にクランは、研究の末に異界と自由に行き来が可能になる門を開発し一悶着を起こす事になるが、これはまた別の話。


 クロムは行く宛が無いこともあり、その後もクランの研究所の居候となった。

 その際に、個室が欲しい! と、自分の対ベルア戦の貢献度を盾にしてとにかくおねだりをしたために、クロムはついに一人用の個室を新たに作ってもらう事に成功した。


「うー……配信、まだ、かなぁ……」


 しかしそれでも、以前とやっていることはたいして変わらない。新たに持ち運んだテーブルの下に入り、とても柔らかい粘土のようにぐでっとしながらネットサーフィンを行い、そしてお菓子とジュースを頬張るというぐったりスローライフを満喫していた。

 しかしそのような生活ばかりしているという訳ではなく、明里やクラリス達と共に見回りや復興作業を手伝う時もある。

 その際に、元々現在のクロムの容姿が好きな漫画のヒロインからの引用であることが引き金となり、復興作業や街行く姿に、そのファンが反応。

 さらにはその正体がゴーレムだという事が拍車をかけ、「二次元から飛び出した本物のヒロイン」「悶える程可愛いオタクゴーレム」「キャラが全然違う」「天使」と、様々なニュースサイトやSNSで大きく話題となり、その容姿の元となった原作本やアニメグッズの売上大幅増と共に、本人の知らぬ間に一躍大人気ネットアイドルとなっていた。


「きた! もう、待ってたよ、さてと、ヒロイン、どう、なってる、かな」


 しかし当のクロム本人はそれを気にすることはなく、むしろちやほやしてもらえることに気を良くし、リクエストされれば元ネタアニメのポージングや声真似での台詞再現。さらには記念写真など、半ば調子に乗っているようなその人気を心の底から楽しんでいた。

 それでもクロムは、その人気は自分の大好きな容姿の原作があったからこそだということは忘れていない。だからこそ、クロムは自宅でもどこでもマイペースを崩すことなく、ゆったりしっかりと暮らしを満喫していった。


 リリアは、ベルアから受けたダメージが最も酷く、さらには修理に要する物資が枯渇し始めていた事も重なり、一時は簡易的な修復で済まさざるを得なくなっていた。

 その時のリリアは、見た目こそは人型を保ってはいたものの、所々に人工皮膚が溶接されたような跡が見られ、たまにギクシャクしたようや機械的な動きとなり、言動も擬似人格が起動したとしてもすぐ誤作動を起こし、エステルのような喋りと人間らしい喋りが同居する情緒不安定な状態となっていた。

 そのため、エステルよりもロボットらしい要素が強まり、一時期は研究所内の手伝いをリリアに任せ、人々との手伝いをエステルに任せる必要がある時期もあった。

 それからしばらくして、改めて修理が行われたリリアは以前のような人間っぽさを取り戻し、それと同時に復興の手伝いや護衛にも参加するようになった。


「みなさーん! こちらですよー!」


 人々を側から見守るリリアは、いつしか憧れの女神のような存在として扱われ始める。


「うわっ! いたた……」


「大丈夫ですか!? 怪我はありませんか?」


「うう……すりむいちゃった……」


「どうしましょうか……今は絆創膏等もありませんし……」


 一人の少年が瓦礫に足を引っ掛けて擦り傷を負ってしまった時、リリアはどのような行動が最適かを推測した。

 自身の機能や最寄りの施設、それらをまるで悩んでいるかのような動作と表情を交えて計算を行う。


「ごめんなさい。すぐに運んであげるから、今はこれで我慢してくださいね」


 子供が安心するだろうという言葉を推測して選択し、リリアはそれを口に出す。

 その後、指に消毒作用のある人工唾液を膝に塗り、抱き抱えるようにして子供を運び出した。


「すみません皆さん、この子が怪我をしてしまったみたいなので、少しだけ離れます」


 そう言ってリリアは、一度頭を下げた後に、子供に安心させるために柔らかい微笑みを作り、医療用具がある場所まで走り出す。

 抱き抱えられた子供は顔を赤くしてうつ向くが、リリアはそれを別症状の発症と判断し、心配そうな顔でさらに早く走った。

 このような尽くす姿勢を見せられた人々は、そのロボットであるが故の突出した美貌と、とても優しい姉のような擬似人格も相まって、まさに憧れの存在となっていった。


 江戸孝太郎は、住居も同然のコンビニに配達される食料を可能な限り人々に渡すと共に、行く宛が無い人々をシェルターの中へ受け入れ、生き残った者達への手助けに従事した。

 元々理不尽に押し付けられた状況に、いつ激怒してもおかしくはなかった。だが、どこか義理堅い孝太郎の性格がそれを押さえつけ、キレる前にまず助けると、人助けを優先させていた。

 そして避難民受け入れのその日、孝太郎はなんとか逃げ仰せたそのコンビニの店長と出会う。


「な……な…何をしとるんだこれはーーー!!」


「いや、シェルターッスけど」


 スタッフルームに知らぬ間に作られていたシェルターの入り口を見た店長は、口をあんぐりとさせながら孝太郎へとあたる。

 当の孝太郎は、ミントガムを噛みながら心底めんどくさそうに応対していた。


「何勝手にうちの店舗を改造してるんだ!? 正社員でもないお前が!!」


「正社員だったら改造してもいいんスか?」


「そういう事を言ってるんじゃない! 貴様は今日でクビだ! ふざけたことしやがって……」


 今となっては、孝太郎にとってはクビにされようが知ったこっちゃないという感覚だったが、最後の一言に、心の底から腹を立てた。

 孝太郎は強く地面を一回踏み鳴らし、怒りの形相で睨み付ける。


「もう一回言ってみろよ……このシェルターはなぁ、俺達がモンスター共から身を守るために必要な物だったんだよ! おめおめと逃げ仰せて俺に丸投げしたテメェにはわかんねえだろうがな!!」


「はっ、知らんな」


「この……!」

「ちょっとそこの二人、少し待っておくれ」


 殴り合いでも始まろうかとしていたその時、シェルターの入り口からひょっこりと一人のお爺さんが顔を出す。


「なんだあんたは? 今は二人で話をしているんだ。関係無いなら……」


「いや、意外と関係はあるかもしれんぞ?」


「えっ…………あっ、貴方は……!」


「えっ、なんかあったんスか?」


 店長は突然、そのお爺さんを見て震え始め、頭を下げる。

 頭を下げた様子を見て少し気分は良かったが、孝太郎には何がなんだかわからなかった。


「バカ! この方はこのパーソンの社長だぞ!!」


「え、マジっすか? いっつもバナナどこにあるか聞いてた爺さんが?」


「コラッ!」


 店長は慌てて口を塞ごうとする。しかし、それにお爺さんは全く気にしないような振る舞いを取る。


「いいんだよ、事実なんだから。それはずっと側にいた孝太郎君がよくわかっている」


「爺さんが社長なら聞きたかったんだけどさ、なんで店員に残るように言ったんだ?」


 社長は少しうつ向き、申し訳なさそうに話し始める。


「……この騒動が起きた時、うちの倉庫や設備は厳重な警備が幸いしてほぼ無事だということがわかっていた。一方私は、ご覧の通り巻き込まれた結果、皆と同じように被害を受けた。それを見て、何か私に出来ることはないかと思ったんだ」


「……そんで、思い付いたのが従業員を残して店を開き続けるって事っすか」


「……そうだ。幸い運輸手段が途絶えていなかったからというのもあったが……私は考えが浅かった。こんな酷い状況で無理矢理にでも店を開く必要は無かったんだ」


 孝太郎は溜め息を尽き、頭を掻いてから口を開く。


「まあ、俺はなんとか生き残ったからいいッスよ。んで、どうするんすか?」


「お前何を……」


「てめえは黙ってろ」


「てめっ……!」


「私は、残ってくれた従業員の願いはなんでも聞こうと思っている。本当に申し訳ない事をした。せめてその償いになるならば……」


 真に迫る口調で、社長は従業員への保障を溢した。

 それを聞いた孝太郎は、にやっと笑う。


「なんでも……本当ッスか?」


「ああ、なんでもいくらでも聞こう」


「……よし、それじゃあ三つ聞いてもらってもいいッスか?」


「お前、そういうのは社交じ……」


「喋んな」


 孝太郎は、指を三本立てて嬉しそうな顔でその望みを口にし始める。


「まず一つ、俺のこれからの金銭面を毎月困らない程度に支援してほしい」


「……わかった」


 社長は迷わず頷く。


「二つ目、今シェルターの中にいる人々も含めて、被害を受けた人達に積極的に支援してくれ」


「勿論だ」


 今度も迷わず頷く。声の調子から察するに、最初からその予定だったらしい。


「最後に……明里っちやクラりん、クランさん達に協力してやってほしい」


「……私達を助けてくれたあの子達か?」


「ああ。少なくとも一番頑張ったのはあいつらだし、これからも何かやってくれる気がするんスよ」


 孝太郎は、明るい顔で明里達へ抱く希望を打ち明けた。


「……君とは気が合うのかもしれんな。元よりそのつもりだ」


「よっしゃ! ありがたいッス!」


 孝太郎は手放しで大喜びする。クラリスに出会う前から明里の事を知っていた身として、とても感慨深い物があった。


「あの、私はどうしたら……」


「ああ、君には別の場所でちょうどいい仕事があるからそっちをやってもらおう」


「えっ……それは……」


 それまで生き生きとしていた店長の顔が一気に青ざめた。


「ああそれともう一つ。俺がこういう事言ったってのは、あいつらには秘密にしておいてほしいンスよ」


「ほう、それはどうして?」


「…………俺みたいな野郎には、明里っち達は眩し過ぎるンスよ。だから、俺はあいつらを影から支えるのが性に合ってるッス」


 そして、ベルアに決定打を叩き込んだ明里とクラリスは……。


「何も起きなくてよかったですねクラリスさん」


「ああ……うん。あの二人が話の最初でかなり引いてた以外はな」


「い、言わないでくださいよ……」


 事態を解決した明里達。その実力と功績を注目した者がおり、その人物が伝を使って明里達を政府や警視庁、自衛隊に推薦、特定区域内の避難民受け入れ時の護衛と案内の仕事も含めて、安心と安全のシンボルとして依頼した。

 それをお人好しの明里と利用する気満々のクランが受けてしまい、現在の道案内へと至る。

 そして道案内を終えた二人は、研究所とは逆方向の明里のかつての自宅へと向かう。


「でも、二人に出会えて嬉しかったです。あれから、私を知ってるてる人と会えなかったから……」


「……それはよかった」


 ベルア討伐後、両腕の破損程度で済んだクラリスは、早い段階で修理を終えて、重傷の明里を付きっ切りで看病した。

 そして、明里が完全に回復してから暫くして、いつまでもクランの世話になるわけにはいかないとも考えていた明里は、スライムに支配されたかつての自宅をクラリス、リリア、クロムと共に解放しに向かい、目的通りスライム達を全滅させる。

 それから二人は、クラリスの知らない所で得たクランの許可付きで、共同生活を送ることとなる。


「……あっ、今日はクランさんのとこに行かなきゃならないんでした……」


「……戻ろうか」


 自宅の玄関のドアを開けた所で、明里はクランの研究所への用事を思い出し、来た道を再び歩き出す。

 共同生活を行う際に、一週間に一度、定期メンテナンスのために研究所に来るようにとクランに言い渡されていた。久しぶりの大仕事を行った明里は、今日がその日だという事をすっかり忘れていた。

 やれやれといった表情で、クラリスはそれに離れず着いていった。

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