第68話

 カチャカチャと機械音を響かせながら、エステルは腕だけで少しずつ移動し、対象を視界に捉えたその瞬間に、残された手で拘束を行った。

 ベルアの表情が一気に青ざめる。


「こいつ……!!」


「ghdckbef――!*(%%)=(#=[&(捕獲nxdgv――――」


 ビープ音ともノイズともつかない雑音レベルの電子音を口から発しながら、エステルはベルアの顔を見上げる。

 下半身を千切られたとはいえ、動力等の上半身を支える機構は比較的無事であるために、出力のパフォーマンスが保たれていた。それが功を奏し、ベルアが絶対に外せない足枷と化した。

 ベルアはなんとかして手を離させようとするが、現在のベルアのパワーではビクともせず、直前のリリアに対して僅かにでも回復した魔力を使ったことを酷く後悔して、苦虫を噛み潰したような顔になった。

 ベルアが手こずっている最中、明里とクラリスはお互いに息を合わせるために、目を見ながら口を開く。


「……明里、私がペースを合わせるから、明里は自分のタイミングで走り出してくれ」


「わかりました」


 左手に力が入る。右腕を中心に全身へと響く痛みを噛み潰し、明里は大きく深呼吸をしてから、一歩だけ右足を下げて走り出す準備を整える。


「クラリスさん」


「どうした?」


「……これからも一緒ですよ」


「……ああ、もちろんだ」


「……はい!」


 左足を踏ん張り、明里はゆっくりと走り出す。それについていくように、クラリスは歩幅やスピードを合わせて走り出した。

 剣を通じて繋がり、変則的な二人三脚のような状態で、真っ直ぐ戦車の如く突撃する。


「あの野郎共……! この人形とっとと離せや!!」


 焔を纏った剣を向けてゆっくりと近づいてくる二人を見たベルアは、今までに体験した事が無い程のピンチだと自覚し、急いで足を握るエステルの手を振り解こうとする。

 それでも今の力では到底そのような事は不可能であり、結局その抵抗は無意味に終わった。

 その間に、二人が走る速度は少しずつ早まっていく。


「クソッ、だったら!」


 ベルアは、クロムの石斧と同様に白羽取りで受け止めて反撃しようと画策した。判断自体は正しく、力が入らない二人の剣は、捕らえられてしまえばベルアの元々の力には敵わない程度の物だった。

 明里は全力を振り絞って走り出す。それに合わせてクラリスも走り、真っ直ぐベルアの心臓めがけて刃は突き進む。


「こいつを掴んで……ぐぉっ!?」


 変化の無い軌道に、その後の成功を確信したベルアは、しっかりと視線を合わせて集中した。

 その時、後頭部に強い衝撃を受けた。ベルアはよろめき、体勢を崩す。


「なんだっ……!」


 その衝撃を受けた方向へとベルアは振り向く。

 そこに写ったのは、右腕が無くなっているクロムだった。クロムは、背後から様子をずっと伺い、意識が二人の剣へと全て向けられ集中し始めたその瞬間、残った力を振り絞った必殺のロケットパンチを命中させた。

 そのタイミングは完璧で、事実ベルアはクロムの事など頭の隅に捨てていた絶好の時に、それは見事に決まった。


「この土くれがァ!!」


「えへへ、バーカ」


 健在の左手で目の下を伸ばし、舌を出して全力を持ってバカにする。

 クロムは、散々迷惑をかけてきた悪魔を小バカにすることが出来て、心底気持ちよくなった。

 クロムに気を取られていたベルアが慌てて振り向くと、二人の刃はもう既に目の前まで迫っていた。その距離ではもう白刃取りや咄嗟の反撃の準備、ましてやダメージを受けてでも受け止める等間に合うはずもない。


「「はあああぁぁぁぁっ!!!」」


「しまっ……」


 焔を纏った刃が、ベルアの心臓を貫く。剣は背中まで貫通し、焔が心臓の肉を周囲から焼き付かせる。


「ご……が……ぁ……」


 口から血を流し、呆然と何が起きたのか信じられないような顔で、ベルアは胸を貫く剣を見つめる。

 明里とクラリスは、心臓を貫いた感触を直に感じ、敵を討ったんだという感覚をその手に、その身に実感した。


「……お父さんやお母さんを殺して利用して、そして私を殺そうとした……私は、そんなあなたを、絶対に許せない、許したくない!」


「散々私達を弄んでくれた借りを返したぞ。明里や私、そして皆を苦しめた分、せめて強く後悔するがいい」


 怒りの声を直接ぶつけた明里は、事切れたように剣から手を離し、ふらっと背中から倒れ始める。唯でさえ酷い状態の身体を、強い精神で動かしていた明里は、全てが達成されたその瞬間にすっと力が抜けてしまった。

 クラリスは、明里を支える為に同様に手を離し、右腕や膝などを駆使して地面にぶつかる前に受け止めた。

 その後、優しく明里を地面に下ろし、ひたすらにいたぶられた痛みをそのまま倍返しするように、意趣返しとして強く睨み付ける。


「く……そ……が……ぁ……」


 一歩一歩、ベルアは呪詛を呟きながらふらふらと後ずさりする。拘束していたエステルの手は、損傷したバッテリーの激しい消費によって刺突後に丁度電力切れに陥った事で、既に解放されていた。

 胸に突き刺さった剣を震える手で握り、それを全力を振り絞って自ら引き抜く。

 刃が再び傷口に触れてさらに傷を広げ、鋭い痛みを伝えながら、その剣を血を滴らせる。


「はぁ……はぁ……こんな、雑魚……どもに……終わら……されて……たまるか……!」


 胸を押さえ、血を口から垂らしながら未だに侮蔑の言葉を吐くベルアは、おもむろに右足を大きく上げる。そして、絞りカス程度の魔力を込める。

 何か奥の手があるのではと危険の可能性を考えたクラリスは、明里を守るように盾になって様子を見る。

 すると、ベルアか地面を思いっきり踏みつけ、周囲に小規模ながら小さなアスファルトの粒を飛ばしていった。

 それ自体はダメージにはならないものの、勢いよく目に入り傷つけられる可能性があるために、腕をバリアにして防ぐ必要がある程度の物だった。

 当然クラリスも、明里をそれから守りつつ自分への被害を防ぐだめに、防御の姿勢を取る必要があった。


「くっ、今度は何を……あっ!」


 ベルアが次に取った行動は逃走だった。見下し雑魚と認定し、蟻相手のように一方的に蹂躙出来ると決め付けた相手に行った最後の行動は、逃げることだった。

 今までボロボロになるような反撃を受けたことのないベルアにはこれ以上無い程不快な判断であり、そして必ずいつか屈辱的な最期を与えてやるという恨みを込めての結論である。


「くっ、ここで逃がしてはまた……!」


 情けない後ろ姿で胸を押さえ、ふらふらと左右にぶれながら逃走するベルアを、クラリスは今目の前で確実に止めを刺さなければと、追いかけようとした。


「待て! 追うんじゃないクラリス!」


 大きな声で、クランが追跡を引き止める。

 クラリスは、どうしてと疑問に思うような表情でクランの方を向く。そして口を開こうとすると、それよりも早く、すかさずクランが切り出す。


「今離れたら、誰が明里の側に居てやるんだ。それに、お前もボロボロだろう」


 そう言われて背後へと振り向くと、気を失って倒れた明里が視界に映った。

 慌てて状態を確認すると、息もあり心臓もちゃんと動いていた。どうやら緊張の糸が途切れ、それと同時に気を失ったようだった。


「…………」


「少なくとも、あの状態ではそう遠くまで行ける筈もない。近いうちにでも仕留められるはずだ」


 焦るクラリスを宥めようと、冷静に諭していたクランは、ふとベルアか逃げた方向に一つの心当たりが浮かんだ。


「奴が逃げた方向……いいこと思い付いた。クラリス、ちょっと明里の携帯を取ってきてくれないか?」


「え? ええ……」


 クラリスは突然の要求に戸惑いながらも、指示通りに携帯電話を持ってくる。

 それを手にしてから間もなく、クランはとある人物へと連絡し始めた。


「ああもしもし、明里くんの携帯からかけてるが私だ。ちょっと頼みたい事があってね……孝太郎君『達』に」

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