第67話

「いっってぇ……今度は誰だゴラァ!!」


 行動を始めようとすると悉く横槍が入ることに、再び頭に血か上り激怒する。

 ベルアはその攻撃の主を確かめようと振り向くと、首が大きく捻じ曲がった女騎士が今にも剣を降り下ろさんとしていた。


「げぇっ……!」


 瞬時に危険と判断したベルアは、強化した脚力を使って後方へと大きく下がる。

 降り下ろされた剣は不発に終わり、刃が叩きつけられた地面は大きくへこんだ。


「外シm――――#@+:!hesx今日ハkkkkkk機嫌が良サささささソうデス##%+)%*(」


 その攻撃の主は、腹部に剣を突き刺し動けなくしたはずのリリアだった。

 見るも無惨な姿を晒しながらも、リリアは無表情のまま、デフォルトの機械的な喋りと、聞き取れない程のノイズが混じった音声と、過去の会話データを再生しながら、折れた両腕を使って剣を振るっている。

 その姿は、さながら意思を持たぬゴーレムのようにも見えた。


「あちゃー、私、何も、しなかった、方が、終わってた、かな?」


 その後ろから、ベルアが核を突きぶっ飛ばしたはずのクロムが姿を現す。

 ボロボロのリリアとは違い、此方は見た目には全くダメージを受けている様子がどこにも見られず、まるで今しがた乱入してきたかのような出で立ちだった。


「バカな……なんでピンピンしてやがんだ。確かに核をぶっ壊したじゃねえか……」


「それ、なんだけど。危ないと、思って、あたしの、核を、背中から、露出、するくらいに、移動させたの。それで、元々の、位置に、同じ固さの、球体を、作って置いて、やられた、ふりを、したっけ、わけ」


 クロムは胸に小さく割れ目を作り、それを両手で引っ掻けてから大きく左右に開く。

 その開いた先にあったのは、クランも目撃した心臓部となる核だった。


「ただ、すっっっごく! 痛かった、けどね!!」


 胸の割れ目を閉じ、左手を腰に当ててからビシっと指をベルアへと指す。


「さっきの、お返し、うんと、してあげる、から」


 両腕を石斧のように形を変え、いつでも攻め入る事が出来るように両腕をクロスさせ、構える。

 その一連の流れを無視するように、横から破損したリリアが真っ直ぐ突撃していった。


「クソッ、来るんじゃねえよ気持ち悪い!!」


 嫌悪感全開の表情で、最初の攻撃を躱す。

 壊れて狂ったリリアの攻撃は以前よりも大振りで、まるで自らの力に振られているような動作で、それまでの人間の騎士らしい面影は全く見られなかった。

 ところが、ベルアはそんな糸の切れた操り人形が如き攻撃を、先程よりも必死になって避けていく。


「あークソッ! 身体が今までよりも重てぇ……こんなすっとろい攻撃なんざいつもなら軽く避けられんのによぉ!」


 身体能力が全体的に低下したベルアには、技術や正確さを欠いた攻撃ですら避けるのに必死にならなければならない程の危険な連撃となる。

 さらに、既に壊れているリリアは、止まること無く予測不可能な剣を振り続けるということは容易に想像できるため、体力と魔力の両方を奪う脅威となっていた。


「失敗。シっ敗。ししし……クラリすサま! サマ! さささささ……不発。ごししシシシ主人しゅじんさマ? はい、かしこまりまままま」


 入り混じる音声と、それに合わない動作と無表情が壊れた機械人形らしい不気味さを際立たせる。

 暫くそんないたちごっこが続いた後、ベルアは不意に足を止めてじっと動きを観察する。

 リリアを一発で打破出来るほどの魔力が回復した事を身体で感じ、その一発を確実に叩き込むために、柄にもなく様子見を始めたのだった。


「ぶっこみやすく確実に叩くなら……」


 一定の距離を保って下がり続けたベルアは、急激に接近した後に飛び上がった。

 そして、右手に今残ている魔力をフルに溜め込み、その拳をリリアの捻じれた頭へと叩き込んだ。


「##%=+{%&bdrhx!?」


 悲鳴にも似たノイズだらけの電子音を鳴らし、リリアの頭はその身体から離れていった。

 離れた頭は落ちたボールのように後方へ転がり、残された身体は動きを止め、規則的に身体をビクッと痙攣させる。そして力が抜けたように膝から崩れ、残った身体は海老反りになって機能を停止した。

 その瞬間、僅かに露出した胸が小さく揺れ、膝からはメキッと破損しかけたような音が聞こえた。


「明里サマはさまは信号ガ消失sssss……クラリスさマと&##/8%よろしくおネガイ……し……マ……」


 リリアの首は、機能が停止する最後の瞬間まで過去のデータを再生する誤作動を繰り返していた。その喋る合成音声は、だんだんと低くなっていった。


「チッ、なんでこの程度の奴に苦労しなきゃならね……っ!?」


 気を抜きかけたその一瞬、クロムの両斧が頭めがけて飛び込みながら降り下ろされる。

 その兜割りは、間一髪のところで避けられた。


「さっきまでの、威勢は、どこいったの?」


 クロムは、散々やられた嘲笑混じりの挑発をやり返す。

 今までそれをやっていた当の本人は、内心爆発的な怒りを覚えるが、今その挑発に乗ってはならないことはベルア本人がよく理解していた。


「あーうぜぇ! 口を開くんじゃねえよ!!」


 焦りを隠すこともできないベルアは、向きを変える等をしながら下がり、クロムのひたすら押していくラッシュを凌ぐ。その最中、ベルアは攻撃の一振り一振りに力が籠っていない事に気づく。

 石斧という凶器とがむしゃらに攻める姿勢によって誤魔化されてはいたが、それがまやかしと見破った。


「んだよハッタリかよ。この程度なら今の俺でもなんとかなるじゃねえか」


 下がり続ける最中に、足に何かコツンとぶつかり足止めを受けたところで、後退を止める。

 それを見たクロムは、ニヤリと勝利を確信したかのような笑みを浮かべた。そして、両腕の石斧を一体化させて一つの巨大な石斧へと変化させる。


「もう、逃がさないっ!」


 クロムは飛びかかり、渾身の兜割りを叩き込む。

 ベルアは、勝利の笑みに対抗するかのように、馬鹿にするような笑みを返しながら、その攻撃を両手で白羽取りのように受け止めた。


「お前、実はたいして回復してねえな? パワーを全く感じねえぞ」


「……バレちゃった」


 クロムは、あっさりと敗けを認めたかのように目を閉じる。

 ベルアが見破った通り、この時のクロムにはもう敵に強力な一撃を叩き込める程の力は残っていなかったのだった。

 ベルアは掴んだ石斧を大きく地面に叩き付け、強いダメージを与えた。


「ぐあっ……」


 地面に強く叩き付けられたクロムは、小さく苦痛の声を漏らす。

 そしてうつ伏せの状態になり、それから起き上がる気配はなかった。


「散々しつこくやってきた割にはその程度かよ。大人しく崩れとけや面倒くせえ……」


 手こずらされて時間を無駄に使わされた事に怒りと愚痴を吐き捨てる。

 そんな不満を聞いたクロムは、うつ伏せで地面に顔を向けたまま口を開く。


「本当に、そう、思う? 本当に、その程度、だって」


「……何?」


 含みがあるようにしか思えない言質に、ベルアは何かがあるのではと疑い一瞬思考する。

 そしてその答えは振り向いてからすぐに示された。

 身体を引きずるようにして移動していた明里とクラリスの二人が、既に剣を手にしていた。

 お互いに片腕が全く動かせず、残る片腕の力も殆ど無いような状態になっていた二人は、それぞれ唯一動く手、明里は左手、クラリスは右手で剣を握り、二人で一人分の力とした。

 その剣は魔力の焔を帯び、それは弱々しく揺らめいてはいたが、まるで二人の燃え上がるような諦めない心と希望をその刀身に宿したかのように見えた。

 その焔に引っ張られたかの如く、二人の顔つきは凛々しく、最後まで諦めない強い精神がそのまま現れたのような勇ましい眼差しをしている。


「んだよクソ……この状況、不利でしかねえじゃねえか……チィッ! ムカつくがここは退くしかねえ」


 戦況を脳内で分析し、本当に魔力が枯渇した今の自分では現状を捩じ伏せる事は難しいと判断したベルアは、その場から逃げ出そうと一歩動こうとした。

 その時、ベルアの足首を、何者かの冷たい手が掴む感触を感じ取った。その掴む力は非常に強く、今この場にいる者の中で現状最もパワーがあると瞬時に察知する。


「誰だ! 邪魔をしやがん……!?」


 足を掴んだのが何者かを確かめようと下を向く。その手の主は、下半身を失ったエステルだった。

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