第66話

 ベルアは、再び見せた怒りの形相と共に炎を受けた後方へと振り向く。

 そこにいたのは、右腕を正面にかざし、じっとベルアを睨む目線を捉えて離さずに悠然と構えるクラリスだった。

 その右手は、自らの意思と反して時折ピクピクと跳ね動く。


「テメェか……」


「その汚い足を退けろ。今すぐに」


 クラリスは、静かに威圧するような声で、ベルアへと要求する。

 見てわかる程傷ついた相手に対してそのような要求に怖じ気づく訳もなく、ベルアは馬鹿にするような表情で振り返る。


「そんなボロボロの状態で俺に命令すんのか? まだ自分の立場ってもんがわかんねえのか? それとも頭も壊れたのか?」


 分かりやすい挑発を吐きかけるが、クラリスはそれに乗る様子は無い。


「ご託はいい。その煩い口を閉じろ。出なければもう一度燃やす」


「……お前本ッ当にわかってねえのな。散々除けられたのに学んでねえのか? あぁ?」


「解っている。だがさっきは効いているように見えたが」


 この一言が、短気なベルアの引き金を再び引いた。

 額に青筋を立て、ベルアは足を退けてもう一度クラリスへと意識を向ける。


「いい度胸してんじゃねえか……気が変わった。こいつの前にテメェのその生意気な口を二度と利けなくしてやるよォ!」


 ベルアはゆっくりとクラリスに近づいていった。

 その様子を、クランは一部始終観察していた。上手いこと有利に事が運びつつあることに、勝利する確率の自らの中でどんどん高めながら、クラリスの開発者である自身からの疑問が浮かぶ。


「ん? なぜクラリスは右手から炎を……? 私が火炎放射器を内蔵させたのは左手のはず……」


 構造上の矛盾を考えながらも、虎視眈々とクランはその時をじっと待った。

 死の寸前の所で助かった明里は、ぼんやりと何度も側で聞いた声がした方へと顔を向ける。

 自分を踏みつけ虐げた敵の向こうに、右腕をかざすクラリスの姿がその眼に写る。修理した腕がほぼ問題なく動いているようで安心した明里は、救われたような気持ちになると同時に、そんなボロボロな状態でも自分を助けてくれた事を察する。


(クラリスさん、私を……助けてくれたんだ……)


 自分を何度も何度も救ってくれたクラリスに、いつもならば明里は強い感謝の念を抱くだけだった。しかし、今回は少し違う。


(クラリスさんが、あんなになっても頑張ってるんだ……私も、諦めないで……頑張らなきゃ……!)


 共にクラリスと過ごし、戦ってきた中で、明里はどそでも一緒に隣を歩いていたいという願望が強く渦巻くようになっていった。

 その願望が、今の明里に右腕の激痛に耐える精神と、折れた心を繋ぎ直す胆力を奥底から目覚めさせた。

 ベルアがクラリスの元へと歩く最中、明里は引き摺るように身体を動かし、なんとか動く左手でレールガンを構える。

 利き腕ではない上に、片手で持ったことが無いために重心が若干ふらふらしていたが、身体を曲げてそれを無理矢理押さえた。


「ん、なんだ……?」


 血が上り、注意力が散漫になっていたベルアは、背後から何やらごそごそと動く音に気づく。

 死にかけの虫が動いていやがると思いながら振り向くと、身体を使い無理矢理レールガンを構える明里と、自身に向けられた銃口を視認した。


「私だって……まだ諦めてないから!!」


 捨て身の覚悟で、明里はレールガンの弾丸を発射した。その弾はベルアの反応が間に合うことなく、一直線に腹部に命中した。


「がふっ! うぐ……ごぇ……」


 その一撃は、これまで食らった攻撃の中で最も効いているようなリアクションを取らせた。

 ベルアは命中した箇所を押さえ、振り絞るような苦しみの声を上げて身体をくの字に曲げる。


「……っっ! 明里!?」


「クラリス、さん……まだ、私は頑張れるよ……!」


 ゆっくりとゆらりと立ち上がり、明里はクラリスに精一杯の笑顔を見せる。


「よかった……明里……殿……!」


 死の淵に立たされていた明里の笑顔に、安堵したクラリスは一筋の涙を流した。

 そんな中、ダメージを受けた様子を見逃さなかったのは、クランだった。


「あのレールガンの弾、確か一度当たったはず……確かその時はあんなに痛がってはいなかったな」


 ベルアがまだ翼を失っていなかった時、一度だけレールガンの弾を命中させていることをクランはしっかりと記憶していた。その時は、ダメージは負いつつもそれ程大したことではないような反応を見せていた。

 ところが今回は、その時と同じ攻撃にも関わらず、ベルアはまるでとてつもない一撃を叩き込まれたかのように苦しんでいる。

 この状況に、クランはこれまでの予想を確信へと変えた。


「間違いない……二人とも! ベルアの魔力が尽きたぞ! 今そいつの全ての能力が弱まっている。それはその能力の源泉がそいつの魔力だったからだ! つまりそれが尽きたとなれば、そいつはただの人間と大差ないはずだ!!」


 クランは、逆転の一手となる情報を叫び、二人に伝える。


「……つまり、今この時こそが私達のチャンス」


「絶対に逃しちゃいけない、最大の……!」


 挟み撃ちのような形になった二人は、ベルアを挟んでお互いに今の考えを目だけで伝える。


「なんだとォ……! 俺の……魔力が……げほっ……!」


 伝えられた言葉に一番驚いていたのは、ベルア本人だった。

 今まで立ちはだかる大抵の愚かな敵は、魔力が枯渇する前に叩き潰すことが出来ていたベルアは、一度も魔力が底を突くような事態に陥ったことは無かった。その初めてが今襲いかかり、かつてない未知の状態へと入ってしまったのだった。


「なんだよ……こりゃあ……こんなの、今まで……」


「そうだろうそうだろう。お前には全力で力を使った経験などないだろうに。一度ガス欠しなければ力量の限界などまず測れん。無尽蔵に近い魔力と驚異的な回復力を持ったお前は、そんなこと知る由もない。限界など無縁な言葉だっただろうからな。だがお前は今、最悪のタイミングでガス欠を知った。それはお前の最期の時だ」


 予想外のダメージに大きくふらつき、隙を晒し続けるベルアは、絶体絶命の状態に陥る。

 その隙を逃すまいと、明里とクラリスはアイコンタクトを取り、同時に攻撃を開始しようとした。


「これでっ……」


「最後だ!!」


 明里は力を振り絞ってレールガンの引き金を引き、クラリスは再び火炎放射を浴びせようとした。

 しかし、その攻撃は両者とも不発に終わる。

 明里のレールガンは、多量の砂埃や細かいゴミが各所に入り込み不具合を起こし、運悪く致命的に作用してしまい、先程の一発を最後に機能不全を起こした。

 クラリスの場合は、炎を出すための魔力が切れてしまっていた。クランの言う通り、右手に火炎放射器が搭載されていないにも関わらず炎を撃てていたのは、クロムの核を素材に作ったCPUの作用による物であり、実質的に機械生命体と化したクラリスは、そのCPUから魔力を生み出すようになり、それを無意識に使用して火炎放射を撃った為である。

 しかしそうなって間もないクラリスでは、その生成される魔力の量も少なく、さらにその一回で殆ど使い果たしてしまったために、残弾がゼロのような状態となっていた。


「どうしてこんな時に……!」


「クソッ、駄目か……」


「はぁ……はぁ……まだ天は俺に味方してるようだな……!」


「それはどうかな?」


「何? うごほっ……!?」


 未だ状況が優勢だと確信し、慢心したその隙をついて、クランはドリルを放った。

 回転していないために、実質的にはただの巨大な鉄塊を撃ち出したに過ぎないが、それでも今のベルアには充分過ぎる一撃となる。

 それを喰らったベルアは流石に耐えきれず、よろめいてから背中から倒れこむ。


「ふう、回転させることが出来ていたらこれで止めになったかもしれなかったが仕方ない。二人とも! クラリスの剣を取るんだ! 今の奴ならそれで心臓を貫く事も今までよりかは容易いはずだ!」


 クランは大声で、残された武器の存在を知らせる。動けない状態となった代わりに、ほぼ無傷で周囲の様子を冷静に観察できたクランだからこそ目を付けることができた。


「そっか、クラリスさんの剣なら……うっ」


 それを聞いた明里が、慌ててその剣を取りに走ろうとする。しかし、尋常ではないダメージを蓄積している状態ではスムーズに動くことは敵わず、明里はその場で膝をついた。


「明里!」


 その様子に、クラリスは自身の剣を取りに行く前に明里の側まで駆けつける。

 そして、肩を支えにするように差し出し、明里が立ち上がる手助けをする。


「うう……すみません、クラリスさん」


「お礼は後にしよう。今は剣を取りに行かなければ」


 明里は左腕をクラリスの肩に回し、クラリスは右手を明里の背中に、擦るようにかつボロボロの右半身へ当たらないように支える。

 その右手の感触から、クラリスの手の力は殆ど無いに等しいことに気づく。いくら支えるだけにしても、その力があまりにも弱く、物を持つだけでも精一杯かのようなか弱さだと、明里は察した。

 二人はゆっくりと二人三脚のような形で、少しずつ落ちた剣の元へと歩みを進めた。


「させるかよ……それを取るのは俺だ!!」


 ドリルの一撃を受けてもしぶとく立ち上がったベルア。武器を取り戻させまいと、膨大な魔力を裏付けるように、急速に回復し始めた魔力を身体能力へと転化して二人を追いかけようとする。

 その時、ベルアに新たな邪魔が入る。力強く一歩踏み込んだその時、背後から硬質の物体がベルアの後頭部を襲った。

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