第38話
一仕事終えたようなスッキリした顔で、ベルアは破壊した自動販売機から取り出したコーラを飲みながら、空を自由に飛び回っていた。
「あぁーほんっと最高。ああいう機械人形を潰すときは、やっぱ自我が芽生えかけの時が一番ぶっ壊れやすいんだよ。思い出すな……俺らの世界にいたドワーフ共が作った機械人形を、同じようにけしかけて壊したのをなぁ。最後に泣きながら自分で自分を壊してた時は笑い死にそうなくらいに面白かったなありゃ……」
過去に愉しませてもらった破壊エピソードを思い出しながら、それをつまみにコーラを飲みつつ、楽しそうにベルアは空を飛ぶ。
しかしその中で、ベルアの中に一つの引っ掛かる事案が生まれた。
「しっかし、ドワーフ共と殆ど同じ物作ったってことは、それだけの事が出来やがる技術者がいるってことになるな。……クソッ、あの時造ったやつの情報も引き出しときゃよかった。めんどくせえことにならなきゃいいが……まあ、この世界の奴ならたいしたことねえだろ」
高い技術力を持つドワーフと同等の力を持つであろう存在を危惧するが、現状ではそれが何者で、集団なのか個人なのかの判別も出来ていない。クラリスの記憶を読み取る際に知覚できる可能性はあったが、それは愉しみの為に不意にしてしまった。
だがたいしたことではないだろうベルアは軽く考えを流して、再びクラリスの泣き顔を思い出しながら笑い飛んだ。
* * *
研究所の調整室では、リリアの改良と明里への指導が終了し、最後のクロムへの施しが始まろうとしていた。
明里は上機嫌で笑顔のまま左右に揺れ、正常に起動したリリアは、両手を重ねて直立不動の姿勢で立ち尽くす。擬似人格が切られた後と違い、表情には人間らしい柔らかい微笑みがついていた。
「さて、それでは始めようかクロムくん」
ノズルのような部品がついた四角い鉄の箱を背負い、クロムの目の前まで歩み寄るクラン。
その様子に怪しさと不気味さを感じずにはいられなかったクロムは、引き気味の顔で上体を僅かに後ろに反らしつつ軽く後退りした。
「なんか、すごく、怪しい……」
「だーい丈夫だって、ちょっと接続口を背中に作ってもらってそこから魔力を流し込むだけだから! そうすれば魔力の流れが分かるようになって今までより使いやすくなるはずだから!」
「はず!?」
あまりにも不安が残る言い回しに、さらなる不信感が湧きらも、クロムは渋々背中に接続口を作り、クランを背に後ろを向こうとした。
その時、調整室の扉が開き、開いた扉の先から、左手にキッチンを清掃するために使われていたであろう泡付きのスポンジを持ち、姿勢を正したエステルが現れた。
「ん、なんだこの良いときに……」
「マスター、予定時間ヨリモ大幅二早ククラリスガ帰還シマシタ。マスター二直接ノ用ガアルトノコトデス」
「あーーーー……わかった、すぐに出る。」
興を削がれたと言わんばかりの不満げな顔で嘆息し、頭を掻きつつ調整室の外に出る。
調整室から出た先には、生活感溢れる広い部屋の中心に、うつ向きがちに下を向き、左手を後ろに隠すようにして立ち尽くすクラリスの姿が見えた。
その様子は、どこか負の怨念のような物が渦巻いているかのように、そして悲壮的な雰囲気も混じっているようにも見えた。
「どうしたんだクラリス? 今日は妙に早かったじゃないか。何か妙な事でもあったのか?」
ポケットに両手を突っ込み、隠す気の無い倦怠感が溢れた表情と共に歩み寄ろうとする。
「そこから動かないでください、ご主人」
これまで一言も喋っていなかったクラリスが口を開く。しかしその言葉はクランが予想した物ではなく、主人であるクランに要求を行うという製作者からすれば想像できなかった最初の言葉だった。
予想外の返しにきょんとした表情を一瞬見せながらも、クランは言われた通りに立ち止まる。
「ほう、まさかそっちからそんな要求をされるとは思わなかったぞ。それで、何がしたいんだクラリス?」
「…………」
クランの質問には答えず、しばしの沈黙が二人の間に流れる。
その静寂を崩すように、クラリスは腰の鞘から剣を右手で引き抜いた。そしてその剣の先を、主人であるクランの顔へと向けた。
「……何の真似だクラリス?」
軽さを交えて対応をしていたクランの表情から、緩い雰囲気が消え失せる。そして、固く真剣な面持ちでクラリスを睨み付ける。
しかしクラリスはそれに怯むことなく、剣を動かさず向けたままの状態でじっと視線を反らさずにいた。
「教えてくださいご主人。私は……私は、一体なんなのですか?」
「……お前は何を言っている?」
二人の間で黒く不穏な空気が漂っている最中、調整室にいた三人が、早めに戻ってきたクラリスに会おうと部屋から出てきた。
三人の視界に映ったのは、主人であるクランに剣を向けるクラリスの姿という衝撃的な光景だった。
三人の位置からはクランの表情は見えなかったが、唯一見えたクラリスの表情は、まるで恨みを持つような形相であるにも関わらず、悲しみでいっぱいだと感じられるような表情だった。
「クラリスさ……」
「とぼけないでください!」
心配になった明里は、何があったのかを聞こうとクラリスへ歩み寄ろうとするが、その前に突然の叫びによって怯み、クランからも若干離れている場所で立ち止まった。
「私の中には今までの記憶が消えずに残っています。それだけの記憶がありながら、私は今まで一度も疑問に思うことが出来なかった。どうして私はどれだけボロボロになりながらも生きているのか、どうして妹なのに姉様を姉様と呼んでいるのか、そもそも私は本当に生きているのか……教えてくださいご主人。考えれば考えるほど奇妙で矛盾した私は……一体なんなのですか!?」
右手が震えながらもクランへ向けた剣を下げ、握った左手を胸に当てながら、今までのクラリスからは想像も出来ないような必死で力強く、しかしどこか悲痛で弱々しい声と表情でクランへと質問をぶつけた。
質問を一字一句しっかりと聞いえいるその中で、左手の傷も目に入ったクランは、頭を悩ませるように再び頭を掻き始める。頭の中をまとめるために唸り声を上げながら、今度は腕を組んで考え込み始める。
そしてその唸り声が止まり、クランは一度大きな溜め息をついてから、クラリスの目にしっかりと視線を合わせてから口を開いた。
「わかった、質問に答えてやろう。単刀直入に言えば、お前は私が製作したロボット、所謂機械人形だ」
「っ……!」
嫌でも予想していたが、最も聞きたくなかった答えが主人の口から直々に提示された。
クラリスの折れ始めた心にさらに亀裂が入り、表情からは悲壮感を占める要素がさらに強くなってしまった。
「今のこの状況で、モンスターに対抗するために作ったのがクラリス、お前だ。確かにお前の中にある過去や経験は、私が作り出した偽物の記憶だ。そういう物がある方が人間らしさを表現できると思ったからな。生き残った者がまだどれ程居るかわからない中、そういう人間性がある方がその相手も安心するだろう」
クラリスの表情が次第に無くなり始め、悔しさ、虚しさ、悲しさ、負の感情が入り乱れたような光が消えた眼と共に、主人の話を震えながら聞き続けていた。
明里はその様子にどうすればいいかわからず、どうにかクラリスへとフォローを行おうとしたものの、あまりにも重い空気に動けず固唾を呑む以外に行動をすることが出来なかった。
「……これで満足か?」
クラリスが求めていたであろう質問への答えを言い終えたと判断したクランは、肩を一度上げてから下ろし、軽く鼻息を吹いてから納得の是非を問う。
機能停止とは違う状態で止まっていたクラリスは、主人からの言葉を聞き、強く下唇を噛み締めながら震える。
その様子はまるで、今にも崩れそうな崖を片手でつかんで持ちこたえているような、そんな必死に自分の心にしがみつくようなものだった。
そんな状態になりながらも、クラリスは振り絞ったような涙声で、歩み寄りながら最後の問答をクランへとぶつける。
「だったら……だったら、なぜ私はこのような騎士という役職になったのですか!」
「深い理由は無い。女騎士というものが定番中の定番だからだよ。誰かを護るなら、騎士はちょうどいいだろう?」
「私のこの性格も! 戦いの技巧も! おぼろ気な記憶でさえも! 全て作られたものなんですか!?」
「そのほうが人間の戦士らしいだろう?」
「なら……どうしてここまで身も心も張り裂けそうなのに……涙を流せないんですか……!」
「あっ、すまん。単純に機能を付け忘れた」
「……っ!!」
自身のどこまでも作り物な全てを淡々と無感情に述べていく様と、人間とそっくりに作られたのに同じように悲しみを表せない疑問へのあまりにもお粗末な理由に、クランへの怒りと悲嘆が限界を迎えて爆発し、頬めがけて強く引っ叩こうとする。
しかし、勢いよく振られた手はクランの頬のすぐ側で止まり、その瞬間にクラリスの表情は無くなった。
「マスター登録されている人物への攻撃は禁止事項に設定されています」
「まさか、念のために入れていた制限設定が機能するとはな」
無表情になったクラリスは、命中する寸前で止まった右手を腰の横まで下ろして戻し、直立姿勢の状態になって停止する。
その後、だんだんと顔に柔らかさが戻り始めると、そのままクラリスの表情はもう縋る物全てが崩れ落ちたような、流れない筈の涙を幻視してしまいそうな程の深く絶望的な心情を見せる歪んだ表情となり、そのまま全てを投げ捨てるように、クラリスは走るように入口の扉に向かい、外へと走り出した。
「クラリスさん!」
「……っ!」
押さえ込まれていた憂心が解放された明里は、後先考える余裕も無く外へと向かったクラリスを追いかけ走り出す。
その後を追うように、クロムも走り出す。
クロムが扉から出るその直前、一瞬だけクランへと視線を向け、心の底から軽蔑するような表情をぶつけた。
「大丈夫……でしょうか……?」
「様子ヲ分析スルニ、非常二危険ナ状態ト思ワレマス」
三人を追いかけずそのまま待機して、クランの側まで近づいたリリアとエステル。
エステルは先程までの状況を冷静にかつ機械的に分析し、リリアはその状況から最適な人間らしい言葉を計算し、声に出して喋った。
「……オブラートに包むべきだったのか」
クランはどのように伝えれば今のような状態にならなかったのかを、顎を曲げた人差し指の上に置いて脳内で思案していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます