第35話
ドラゴン討伐から6日後の夜、一人焼き尽くされたクラリスの修理作業に勤しんでいるクラン。クラリスの修理は8割程完了しており、人工皮膚が剥がされている事以外は人間のような骨格の容姿が見た目で判る程になっていた。
ふとクランは、一つの部品を手にとって薄ら笑いを浮かべる。
その部品は、以前クロムの心臓とも言える核部分から一部採取した欠片を加工し使用したCPUで、外界の物質を使うことにより、自身が作り出した作品にどのような影響を及ぼすのかという好奇心が生み出した代物だった。
「作り出すのに難儀したが、これでやっと組み込める。全身のメンテなんて頻繁には行わないからな、丁度時期が重なってくれるとは。普段こんなことは絶対に思わないが、今回だけは言わせてくれ、黒焦げでありがとう」
融解し、見た目で機能不全に陥っている事が目に見えるCPUを取り外し、新たに作り出したCPUを組み込む。
それがどのような影響をクラリスにもたらすのか、機能せずにただの人形となるのか、はたまた今まで通り変わらず起動するのか、性能が向上するのか、クランは複数の可能性を妄想しながら最後の仕上げに取りかかった。
「さあ、もうすぐちゃんと直してやるからなクラリス……」
ドラゴン討伐から一週間後の朝、前日の夜に余ったシチューを熱々に温めた物を朝食に、テーブルを囲う明里とクロム。コップに注がれた冷えたミネラルウォーターを飲んだ後で言葉を始める。
「一週間くらいですかね……あれから」
「確か、そのくらい、かな」
「何年過ごしたとかそんなわけじゃないけど、クラリスさんとこんな長く会ってないの初めてだから、なんだか寂しいなって」
軽く微笑みながらも言葉通りの寂しさを感じさせる声の調子で語る明里。
それを後ろから見ていたリリアが、明里の隣へとゆっくりと正座で座りながら優しく語りかける。
「大丈夫です明里様。ご主人様は必ず治ると仰っていました。だからその時まで待ちましょう」
負担にならない程度に肩を寄せ、テーブルの上に乗った明里の手にそっと手を重ねる。
「……そうだよね、いつ直るかはわからないけど、その時まで……」
リリアの受け答えに、どこか安心感や安らぎを覚える明里。未だに不安や寂しさは残っているものの、クラリスがちゃんと直るその時までちゃんと待っていようと決断をした。
そのやり取りを、目の前で蚊帳の外にでもいるかのような感覚で眺めていたクロムは、ステンレスのスプーンを口に咥えながらほんの僅かに邪な気持ちを混ぜつつじっとしていた。
「なに、この、イチャコラ」
クロムと同じくしてやり取りを聞いていた者がもう一人存在した。
エステルの集音センサーを通して会話を一通り聞いていたクランは、背もたれ付きの椅子に腰を深く落としながら、キンキンに冷えたブラックのコーヒー缶を流し込む。
「ふっふっふ、待ってろよみんな、もうすぐお待ちかねのクラリスが戻ってくるからな」
缶の中のコーヒーを飲み干すと、両足を大きく上げて勢い良く椅子から立ち上がり、そのまま調整台の上で横たわるクラリスの側まで歩み寄る。
着せられたTシャツの上からクラリスの腹部に触れて擦り、軽く二回触れるような強さで叩いた後に直接接続したコンソールから起動命令を入力する。
「信号を受け付けました。人型対策兵器クラリス、起動します」
「さて、新しい部品が吉と出るか凶と出るか。少なくとも動作はするはずだが、どう転ぶかな……?」
「う……ん……」
一週間ぶりに目を覚ましたクラリス。上半身だけを起こして周囲を見渡すと、今自分がいるのはいつも自身が大きく怪我をした後に眠っている場所だと理解した。
その光景の中には、自身の主人であるクランも共に存在している。
「おはようクラリス、気分はどうだ?」
「え、はい……大丈夫です」
クラリスは下を向き、自分の右手の握って開く動作を繰り返して見つめる。
今の自分には至って健康であり、身体のどこにも違和感は無い。その筈なのだが、クラリス自身はどこか今までに感じたことの無い奇妙な感覚を巡らせていた。
それはまるで、自分が自分であるかのような、自分を見通しているかのような今までに覚えの無い物だった。
(今まで起動してからこんなぼんやりとしていた事は無かったな……これも新しいCPUの影響なのか? それとも……)
クランは人差し指を曲げ、出っ張った第二関節を顎に当てて現在のクラリスの状態を考察する。
今までであれば、擬似人格が起動した後はすぐに調整台から降り、気丈な態度と凛々しい姿を見せていた。だが今回は、自分の具合や感覚を確かめるかのような動作が多く見られている。
不具合が発生している可能性も視野に入れるが、まだ判断する時ではないとしてしばらく様子を見る事とした。
(なんだこの妙な感覚は……不快だが不快ではないこの……なんなんだ?)
右手を握り開く動作を繰り返した後に左腕に触れ、その次は両足、腰、腹部、胸、首、頭、顔と順番に触れる対象を変えていく。
考えれば考えるほど理解が追い付かず、頭の中でぐるぐると不思議な感覚に対する想像が堂々巡りしていた。
「ん、どうしたんだ? そんなに自分の身体をべたべたと触って?」
「……いえ、私にもわかりません」
「――クラリス、そろそろみんなの前に顔を出したらどうだ? みんな心配しているぞ」
「えっ、あ……はい、了解しました……」
まるで覇気や元気が感じられない湿ったような返答をするクラリスに、だんだんクランは失敗の不安を覚え始める。と、同時に今までに無かった事象に好奇心から来る期待も入り混じっていた。
現在のクランの中では、不安よりも期待の方が大きく勝っている。
用意されていたいつも着ている鎧を着用し、主人の指示通りにクラリスは調整室から出て、心配をかけていた他の皆へと会いに行った。
「こっちはこれでよしと。さて、そろそろ次の準備だな。」
クラリスが出て部屋の扉が閉じるのを確認して間もなく、クランは室内にある設備やサンプルに手を出し、これから始める他の住人へのサプライズの準備を始めた。
調整室から出た後も、クラリスの浮かない顔は戻らない。今自分の中に起きている異変について答えが出せずにぼんやりとしたような状態に陥っていた。
(今まで私はこんな感覚を覚えたことはなかった。私の中に一体何が起きているんだ……)
「クラリスさぁん!!」
考え事に集中していると、歓喜に満ちた声で抱き付くクラリス自身もよく知る少女の姿が視界に入った。
自分を庇って燃え尽きた人物が、傷一つ無い元通りの姿で戻ってきた。それが心の底からあまりにも嬉しく、明里は鎧越しに力一杯に抱き付いた。
「おかえりなさい! おかえりなさいクラリスさん!」
「あ、ああ……ただいま明里殿」
動揺しながらも、今まで倒れていた自分の事をずっと心配してくれていた事が嬉しく思い、抱き付いた明里の頭を優しく撫でる。
さらさらとした髪の感触が肌に伝わり、そのまま手を滑らせて下の柔らかい頬へと触れる。その時に感じた人肌の温かさと肌触りが、なぜだかわからないがクラリスにはとても愛おしく思えた。
「オ帰リナサイマセクラリス」
「クラリス様、本当にご無事でよかった……」
新たな声が聞こえた方向へとクラリスが首を向けると、無表情ではあるが帰還を祝福するエステルと、今にも泣き出しそうな表情で、姉の復活を喜ぶリリアの二人の姿が視界に写った。
「ああ……ありがとうエステル、姉様…………姉様?」
ふとクラリスは自分の発言に疑問符を浮かべる。
クラリスとリリアは姉妹であることは間違いない。しかしクラリスの記憶の中では自身はリリアよりも早く産まれており、つまりリリアは妹にあたる存在となっているはずだった。
しかしそれにも関わらず、その妹に対して『姉様』と呼ぶのは自分自身でも不自然に思えた。
同時に、自身の回復を喜んでくれているはずの表情や言動も、なぜかはわからないがどこか空虚に思えた。
(そういえば、なぜ私は姉様に対して姉様と呼んでいるんだ……? 妹であるはずの姉様に、どういうことなんだ?)
ただでさえ溜まっていた疑問の中にさらなる疑問が積み重なっていく。
その最中に、ふと視線をエステルの方向へと向けると、今までは一度もそんなことは思っていなかったはずだったが、現在のクラリスの視点では、エステルの事が酷く人形的に思えた。
どのような事が起きても決して変わることの無い無表情、機械的で柔らかさの感じられない硬質的な抑揚、瞬きが一度も行われない瞳、身体の要所要所に散見される継ぎ目と思わしき線。いくらエルフという他種族といえど、種族の違いだけで済ませるには不自然過ぎる点がいくつも見られた。
(なぜだ、エステルがこんなにも不自然というか……人形のように思えるとは。むしろ、なぜここまでそう思わせる要素がありながら、私は今まで疑問に思っていなかったんだ?)
謎が謎を呼び、疑問が疑問を呼ぶ。疑問を解決しようとするクラリスの表情がさらに無表情で固まりつつあった。
「……どこかまだ悪いんですか?」
「ああ……いや、問題はない……はずだ」
「…………」
ずっと考え込むような様子で、さすがに何かあったのではと明里は不安そうに心配し始める。
今までにない異常がある事は他でもない自分がわかっていることではあるが、皆の元に戻ってきたばかりであり、新たに余計な心配はかけられないとしたクラリスは、無難な返答を返し続けた。
その一部始終を、クロムは思うことがあるような様子で茫然と見ていた。
「クラリスの調子はどうだみんな?」
調整室から多少汚れた状態の服を着たクランが姿を現す。
「あれ、今回は煙は出さないんですか?」
「飽きた。それは置いといて、ちょっと今日はみんなに色々と手解きしたい事がある。しばらく籠っている間に色んな発見をしてな、その研究発表みたいなものだ」
「何か新しく見つけたんですか?」
「ああ、なので明里くんとクロムくん、そしてリリアはついてきてほしい。いいかな?」
また自分の知らない新しい何かが見られるのではと目を輝かせる明里。つい先日核の一部を取り除かれた出来事が焼き付き、また妙な被害を被ってしまうのではないかと不安に駆られるクロム。主人の素晴らしい研究結果を目の当たりにすることが出来るととても嬉しそうなリリアと、反応は様々だった。
「よし、それじゃあ三人はついてきてくれ。クラリスは身体慣らしも兼ねて外の見回りを頼んだぞ」
「は、はい……」
外出を命じた後、四人は調整室の扉の先へ消えていった。
扉が閉まる前の一瞬、明里がクラリスの方を向いて満面の笑みと共に手を振った。
それに対してクラリスも軽く手を振って応えようとしたが、タイミング悪く閉じられた扉に遮られた。
「どの様な意図があったのかはわからないが……ありがとう明里殿」
クラリスは笑顔を手を振った意図をわからないなりに励ましの表現と受け取った。そして、命令された通りに見回りのために外出しようとしたが、その直前、今自分に起きている異変からの物なのか、クラリスは一人での行動にどこか寂しさのような不安さを覚えていた。
せめて唯一手の空いているエステルに同行を頼めないかとキッチンに向かい、外出の申し立てを行う。
「エステル、すまないが……この後の見回りにちょっとついてきてもらえないだろうか?」
「申シ訳アリマセン、コノ後洗濯清掃献立ノ準備ガタテコンデイマスノデ、同行ハ不可能デス」
「そうか……忙しい中話しかけてすまなかった」
軽くはにかんだ後に、エステルを背に外へと向かうクラリス。その渋い表情には、今まで起きたことの無かった自身の中の無数の異変から来る不安さが現れていた。
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