第36話
数日ぶりの外出によって、日光を直接浴びたクラリス。
右腕で光を遮り周囲を見渡すと、そこにはドラゴン討伐以前と同じ、人もモンスターも殆ど見られない、陽の光が射す時間帯の光景が写った。今まで幾度となく視界に入ってきたその光景が、今のクラリスにはなぜか新鮮に思えた
「今まで何度も見たはずなのに、初めて来たようなこの……なんだ?」
表情に疑問からの強ばりが表れつつも、太陽の下へ出たクラリスは一歩ずつ足を踏み出そうとする。その直後、背後から幾度となく聞いたことのある唸り声が耳に入ってきた。
その声に、クラリスは反射的に剣を引き抜き、振り向きながら構える。
視界の中に入ってきたのは、二体のオークだった。その二体は何かに興奮しているのか、足踏みをしながら地面に棍棒を叩きつけて荒い息を上げている。
「何をしているんだ……?」
今までに見たこともない状態に困惑するクラリス。そして、二体のオークは一斉に棍棒を右手に携えて走り出した。
「来るか……よし、かかってこい!」
クラリスは怯むことなく、一体一体の動きを観察、予測し、最初に剣を叩き込む相手の見当をつける。
「今だ! はぁっ!」
二体横並びに走ってくるオークの内、左側を走る一体めがけて前に踏み出す。
すれ違い様に棍棒を持った右腕に剣を一振り。肉が裂け、骨が絶ち斬れ、あっさりと一撃を加えたかに見えた。
「っ!?」
クラリスはその斬撃の瞬間、断ち切った骨肉の感触に得も言われぬ感情を覚えた。
今までに何十も感じてきたはずの感触、覚えた初めての心情に動揺したのか、完全に真っ二つになる寸前で刃がオークの腕を離れ、ほんのギリギリ繋がっている状態が保たれた。
クラリスはふらついた後、血のついた刃と震える手を見て、まるで初めて敵を斬って動揺しているかのような今の己の状態についてひたすら考え始めていた。
「なぜだ……どうして私は今震えているんだ……? 私は、今まで何度もこの剣で斬ってきたはずなのに……」
困惑した表情で自問自答しているその一方、右腕を斬られたオークは激痛による叫び声を上げ、右腕が掴んだまま離れない棍棒を諦め左腕を上に掲げる。怒りの形相で、動きの止まったクラリスへと一直線に突撃する。
それに続き、残ったもう一体のオークも、一列に並ぶようにして突進する。
「……今考えている暇はない、目の前の敵に集中しなければ」
戦いの最中に無駄な自問自答をしては命に関わると、今自身が置かれている状況を冷静に分析し、自分に起きている感情を後回しにして改めて態勢を整える。
しかし剣を握る手の震えは治まらず、緊張した面持ちとなった表情も、目に宿る弱々しさ等、微妙な面が残っている。
その様子に構うことなく、二体のオークは大きく腕を伸ばし、振り下ろせば棍棒が命中するであろうという距離まで近づいていた。
そしてチャンスと言わんばかりに、正面から右腕を斬られたオークが、クラリスを捕まえようと、左手を胸の位置まで下げて掴みかかる。その後ろに、棍棒を右手に持ったオークがカバーするように待ち構えていた。
「そんな手は食わん!」
オークの突進を逆手に取り、クラリス自身も軽く助走をつけてショルダータックルをぶつけて相殺する。
敵の巨体とパワーをものともしないクラリスの頑丈さが武器となり、正面から鉄球をぶつけられたような衝撃を受けたオークは後ろによろめく。それから連鎖するように、背後のオークを巻き込んで大きくバランスを崩した。
「隙ありぃっ!!」
殆どバランスを崩すことなく体勢を復帰したクラリスは、二体並んでよろめく絶好のチャンスを見逃さず、再び剣を握り直して真っ直ぐ走り出す。
オーク達が体勢を立て直し終わるその直前、クラリスが剣を正面から一突き、前後のオークを貫いた。
前にいたオークはその攻撃が心臓への致命傷となり絶命。その後ろのオークは、刃が届き傷を受けてはいるものの、心臓までは達しておらず強烈な痛みに大きく怯んでいた。
「もう一体への手応えはほとんど無かった。ならば!」
クラリスは即座に剣を引き抜き、血を振り払って正面から蹴り飛ばす。
絶命したオークの身体がその衝撃を受け止め、残ったオークはギリギリのところで踏みとどまりながら、倒れ込んだ死体を両腕で振り払った。
その一連の大きな動作から発生した隙を見逃さず、クラリスは両手で剣を握り、首を狙って真横に一閃、オークの首は宙へ舞い上がりそのまま地面に落ちて絶命した。
一撃で止めを刺せたことには間違いない。だが、今までよりも太刀筋は明らかに鈍っており、クラリス自身もそれを自覚していた。
「…………まだ震えが止まらない」
敵を倒した後も、クラリスにとっては一件落着とも言えず、無理矢理震えや自身の中のもやを抑え込みながら戦っていた反動が発生。再び手の震えと共に惑いが戻ってきていた。
「わからない、一体なんなんだこれは……?」
クラリスの中に迷い、不安、憂鬱、不信、恐怖、疑心、様々な心情が入り乱れ、今まで疑問の引っ掛かりがありながらも残っていたキリッとした意思の強さが伺えるような表情は完全に陰りを見せ、今のクラリスはまるで知らない森に迷い込んで不安と恐怖に押し殺されそうな心情で森を歩く少女のような表情をしていた。
「……ともかく、今は見回りを続けるしかない。私の勝手でご主人の命令を疎かにするわけにはいかない」
不安を主人の命令による行動で塗り替え、一時的に平静を保つクラリス。
今までよりも遅い歩きの早さで、再び見回りを再開した。
そんな様子を、クラリスの視界外、空高くから興味深そうに観察する男がいた。
「あの機械人形……あんなのがまさかこっちでも見られるとはな。ドワーフ共でも来てんのか? まあいい、今日は最高に楽しめそうだ……テメエらは直接は壊さねえ、遠回しにかつじわじわとボロボロにしてやるよ」
* * *
調整室に集められたエステルを除く三人。そこでエステル以外の二人は、大量に積み上げられたエナジードリンクやブラックコーヒーの空き缶に圧倒されていた。その量は、以前クランが倒れた際にクロムが目撃した、そこら中に放置されていた空き缶の数を遥かに超えており、積まれた空き缶の高さは、現在調整室にいる四人の中でも一番身長が高いリリアよりも倍近くはあると視覚的にもすぐに理解できた。
「なにこれ……」
「もしかして、また、無理したの?」
「はっはっは、案ずるな。今回は仮眠を適度に取りつつも睡眠時間を削ったから心配ない」
「そういう、問題、じゃ、ない……」
クロムは呆れ九割感心一割意味合いを込めた溜め息をついた。
「まあ、茶番はここまでにして、集まってもらったのは三人それぞれに用件があるからだ」
「用件? ご主人様から直々の用件とはとても光栄に……擬似人格の設定がオフになりました。現在待機中です。」
目を輝かせて主人直々の用件を嬉しがるリリアにリモコンを向け、無慈悲に擬似人格の設定を切る。
喜びに満ちていたリリアの表情は一瞬で消え去る。両手を重ねて直立不動の綺麗な姿勢で立ち尽くす姿は、マネキンさながら人形らしさを強調させていた。
「リリアは機構を強化させるだけだからこれでいいとして、クロムくんには少し色々とやることがある」
「……嫌な、予感」
過去の出来事からの強い不信感もあり、クロムは一歩二歩と後退りした。
「痛みは伴わない事だから安心してくれ……多分」
「多分!?」
「まあまずは聞いてくれ。先日私はクロムくんと協力して魔力に関する研究を行った。その後いつの間にか私も稚拙ではあるが魔法を使えるようになっていた。そして自分で何度か魔法を使ううちに気づいたことがある。今回はその検証と確認だ。結論を言ってしまえば、魔力ではなく魔法そのものの吸収と、クロムくんのあのオモチャの水鉄砲のようなビームの強化だな」
「オモチャ……」
散々な言われようと多大な不安が付きまとう言い回しに、大きな引っ掛かりを覚えるクロム。しかし若干のコンプレックスでもあった自身の魔法のようなものが強くなると聞き、真偽に関わらずほんの少しだけ頬を緩ませた。
「まあそういうわけだ。明里くんはクラリスに関する事での手解き、あとはリリアやエステルの事だな」
「ほ、本当ですか!?」
先程までの二人の用件から、自分には何が来るのかと思っていたところで予想外の回答が明里の耳に入ってきた。
あまりの嬉しさと聞き間違いではにいかという一瞬の疑心から、食い気味に反応を返す。
「嘘じゃないとも。あの時のクラリスの分解はよく出来ていたし、それならばもっと色々とちゃんと教えなければなるまいて」
「あ、ありがとうございます!」
「まあ、さすがに段階は踏むがな」
表情から嬉しさが駄々漏れしていることをわかりやすく表すように、明里は満面の笑みで喜ぶ。
その様子に、クランは軽く表情を崩して口角を上げた。
「喜んでもらえたなら幸いだ。クロムくんは最後にやるから、リリアへ改良を施しながら明里くんに説明しよう」
「はい!」
二人は待機中のリリアの下へ近づき、クランが命令を下す。
「よしリリア、鎧を脱いでから調整台の上に仰向けになってくれ」
「かしこまりましたご主人様」
リリアは機械的で無感情な返事を返すと、命令通りてきぱきと鎧を脱ぎ始めた。
「さて、講義の始まりだ」
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